企業改革講座④
企業が成長を続けるために、知るべきこと、行うべきこと(その4)
第4回「『真の接客システムとは①』…組織の力として満足度を最大化する」
ファッションビジネス(FB)は、お客様がセルフで購買されるコモディティー衣料の販売を除くと、お客様ニーズを明確にして提案を行う店頭接客は大変重要です。販売担当者の腕と心意気で売り上げは大きく変化し、店やブランドのファンづくり、顧客化のスピードも変わります。しかし、それを全社レベルで向上させようとすると簡単な話ではなくなります。
接客を強化するために、各企業は「お客様の気持ちを理解し…」などの精神論から始まり、接客の際のマナーや笑顔の作り方の作法、商品の特性や機能を復唱させたりと、ブランドや業態の特性を考えながら様々な方法論がとられています。
顧客サービスが素晴らしいといわれる企業に米百貨店のノードストロームがあります。かつてノードストローム副社長だったベッツィ・A・サンダース氏が「サービスが伝説になる時」という本を書きベストセラーになりました。
確かにノードストロームは優れた百貨店業態です。商品セレクションの良さ、買う側の動機にあった売り場編集、買いやすさ、そして高級品も数多く扱い上顧客も数多く来店します。そこに販売員の売り上げコミッション比率(売り上げ歩合給の比率、インセンティブとも呼ばれる)の高さが加わり、お客様に満足いただくと、一客当たりの売上高も大きく上ぶれし、その販売員を指名して再来店するリピート顧客も増えました。
そして自身のコミッションを使って、あくまで自身の裁量で顧客にプレゼントなどの特別な対応をする販売員も現れ、様々な伝説的なエピソードも生み出すことになりました。
一方で、ノードストロームの売り上げコミッションの高さをベースとした、自己裁量に任された売り上げ至上主義文化になじめず、成績を残しているにもかかわらずノードストロームを去る販売員も数多く出ました。
そういう販売員が自分の腕をふるえる次の仕事先として移ったチェーンがありました。極めて高い顧客満足を実現、販売員が前向きに生き生きと仕事をし、小売業としては珍しく数十年という長期間、堅調な成長を実現したのが、スーツ、ジャケットなどの紳士服を扱い、郊外、SCを中心に展開しているメンズウェアハウス(MWH)です。
■自滅的な安売り競争から抜け出し発展を遂げたMWH
今から数十年前の米国の郊外にはスーツを安く販売するチェーン店がいくつもありました。それをヒントに展開されたのが「紳士服の青山」「メンズプラザアオキ」などの今の日本の郊外型紳士服専門店です。当時の米国のスーツチェーン店は、発注ロットをまとめるため、2着まとめ売りなどの熾烈(しれつ)な安売り合戦を展開し、自らの粗利幅を削り、収益性を悪化させていきました。
そこにIT(情報技術)企業などの台頭もあり、スーツを着ない、いわゆるドレスダウンの潮流が起きて重衣料市場が縮小してしまい、ほとんどが市場から姿を消しました。
その中でいち早く安売りビジネスから脱却し、洋の東西を問わずファッションに疎い多くの男性客に、衣料の価値や着方を訴求する「付加価値提供」型の業態に軌道を修正、創業者のジョージ・ジマー会長の意志に基づき現在もっとも精度の高い接客システムを展開できていると言われるMWHです。
今の業態の確立以来、約30年間、9.11やリーマンショックの非常時を除き、安定して既存店平均で前年比5~10%程度の成長を実現させ、店舗数も着実に増やし続けてきました。米国の南部で創業し、西海岸へと展開、そして重衣料ビジネスの砦(とりで)ともいえる東海岸にも進出して、今やニューヨークでもメンズビジネスといえば、メイシーズかMWHと言われるようになりました。
13年にはジマー会長が去り、14年には競合相手も買収し、現在、年商35億㌦(約4200億円)、1700店の企業体となっています。
■MWHの接客システムの力
MWHは、産業心理学を修めたメンバーを中心に独自の体系化された接客システムを確立しました。スーツを安く買うだけならばJCペニーなどで十分ですし、ファッションとして重中衣料を手軽な価格で入手できるトゥデイズマン(03年に日本の民事再生法に当たるチャプター11が適用されずに消滅)などもある中、製品の価値を伝えて客単価を高め、顧客満足を高めることにより、購買頻度の低い重中衣料の顧客のリピート率を上げてきました。
仮に既存店が5%の伸びを15年間、あるいは7%の伸びを10年続けることができれば店の売上高は約2倍になります。そもそもMWHは百貨店販路などで売れ残った製品を割り引いて販売する「オフプライス」型業態であり、低価格帯商品で比較してもJCペニーの1.5倍程度と、決して価格そのものが低い店ではありません。
近年はPB製品も展開していますが、比率はまだ数分の一程度です。あくまで顧客に価値の伝わりにくいメンズ重中衣料を提案することの価値に気付いたのが、この企業の特徴です。販売員によって巧拙の差はあるものの、常に競争にさらされる中で、長期間にわたり成長を実現してきたのは、いかにこの企業の提供する接客が、顧客に認められているかを証明しています。
MWHの店は、ただ訪れて見学しただけでは、その価値は伝わりません。ただし、その店づくりには、いくつか気づくことがあります。例えば…
■サイズ別陳列。スーツ・ジャケットやフォーマルまでも一緒に並べたサイズ別の陳列で、自分のサイズがわかれば店内を動き回る必要がない
■店の中央から奥側に大型の黒いコーディネートテーブルが売り上げ規模に合わせた台数あり、ジャケットなど購入品が決まった後に、その商品にコーディネートするシャツやタイ、パンツなどを提案できる
■店の一番奥に、五面鏡のついた一段高い「お立ち台」があり、その左右にフィッティングルームがいくつかある。一般的に米国の場合、フィッティングルームをゆったり心地よく作り、たくさん試着してもらい客単価を高めようとしますが、ここでは鏡もなく狭苦しく、顧客への「早く出てきて」という暗黙のメッセージになっています
最近でこそMWHは洗練された印象を与える店づくりを行っていますが、昔はほとんど内装などに気を使っていない、お世辞にもすてきとは言えない店でした。当時、同社の経営数値を見て視察に来た日本企業の社長が「なんだ、この汚い店は」と店内を1周だけして「この店がなんで良いのか分からねえ」と言って帰ったことがありました。
実はこの店には、接客効果を高める様々な工夫がなされています。日本のFB(ファッションビジネス)や小売りの経営者たちのほとんどが、英語の接客を受けることがないため、この店のすごさを体感することなく視察を終えてしまいます。
■MWHでの接客体験
メンズの重中衣料を扱う店に入ってくる顧客には、基本的に目的のアイテムがあります。MWHの店に入り、販売員が目的買いの顧客と認識するとファーストアプローチをしてきます。店に入ってくる顧客は、本当は販売員のアシストが欲しいものの、同時に販売員に不要なものまで売りつけられることを危惧しています。
そこで販売員の待機動作は「商品整理」とし、その時に発するボディーランゲージは「私はこの店の商品を大切にしています」です。そして顧客と目が合った時の無言のメッセージは「しかし、商品よりも大切なのは、お客様、あなたです」に変えます。
この店の販売員の動きは、決してガチガチのマニュアルで決められたものではなく、本人の裁量に任せられた自由度の高いものとされています。重要なのは人材採用でありIQ(知能指数)よりもEQ(感情指数)の高い人材を採用する方針をとっています。
採用方法などの経営視点での様々な技術論は改めて触れますが、この店では接客を「お客様と一緒にダンスを踊る」と表現します。お客様とのアイコンタクトができると「ようこそMWHへ。今日は何を?」と尋ねられ、採寸の後、そのアイテムのコーナーに案内されます。仮にジャケットと言えば、自分のサイズの上着のコーナーで商品選びが始まります。
「目的買いの顧客には、その目的の物が決まるまで他のアイテムを薦めても嫌がられるだけ」との前提に立ち、その間は「どこから来た」「仕事は何」「何色のスーツが多い?」などの世間話をします。これには二つの目的があります。
一つは、顧客のマインドを「要らないものを売りつけられることを警戒している」状態から、警戒の解けた状態に変化させるようにエンジニアリング(作り上げる)することです。
そのためにウオーターサーバーの水を薦めたり、店によっては大きなコーディネート用のテーブルに商品陳列のハンギング用のフックをたて、ネットが張られていて、ラケットを手に「ピンポンでもやる?」と陽気に言われることもあります。これらを自然に行えるために重要なのがEQの高さということになります。
二つ目は、目的の一品が決まった後、そのアイテムとのコーディネート用アイテムを提案するために、顧客のライフスタイルを知っておいた方が有利だからです。例えば、ジャケットを選びに来た顧客が弁護士だとすると、クライアントとの打ち合わせや、一人の仕事の時、そして法廷での状況をこの場で聞いておけば、後でそのシーンごとの提案を行うことができます。
「お客様が選ばれたジャケットは、クライアントとの打ち合わせの時には、少しカジュアル感のある、このオックスフォードのボタンダウンのシャツとニットのタイを合わせると、話をしやすくなるでしょう」
「また、一人で事務所で仕事をされるときは、このタートルのニットを合わせるとリラックスできて仕事に集中できます」
「法廷では、このドレスシャツにインパクトのあるこのタイを合わされると、説得力のある雰囲気が演出できるはずです」。
このような提案をより具体的に行うための、いわゆる「弾込め」を行うのがこの時間帯なのです。
何着か選んだジャケットを持って店奥の「お立ち台」に立つと、そこでは一般的にローコスト店舗では使わない高級な電球が顧客を照らします。日本の郊外型紳士服店ではキャスター付きの縦長の姿見鏡を使って着用観を確認しますが、本来、体に合った新品の上着は、後ろ姿も美しいものです。品の良い明かりに照らされると、普段見ることの無い自分の美しい後ろ姿を五面鏡で確認することができるわけです。
袖丈などの調整は、店にいるテーラーが「お立ち台」に来て行います。その間、販売員は、選ばれたジャケットに合うシャツ、タイ、パンツ、ベルトなどを選び、コーディネートテーブルの上に積み上げます。無事にジャケットが決まると「それでは、良いものをお見せします」あるいは「では、ショータイムを」とコーディネートテーブル上で「このジャケットには、このシャツが合います。なぜなら…」とショーがはじまります。
一般男性でカラーや素材感を踏まえたコーディネートを上手に行える方はさほど多くありません。ある程度分かっている人にとっても場数を踏んだ販売員のコーディネートを見るのは楽しいものです。これを体験した人は全員が「楽しい!」と言います。この時が、客単価が上がり、顧客にとっても、もっとも楽しい瞬間となります。
MWHの販売員の名刺には「ワードローブコンサルタント」と書かれています。(あなたの)持ち衣装のコンサルティングをするということですから、未所持のアイテムはもとより、コーディネート時にあると便利な色や素材のものなど、販売員のイメージ力さえあれば、ほぼ無限に提案が可能です。
この際、より商品を魅力的に見せるため、シャツはビニール袋から出し、それを丸めてシャツの中に差し込み、胸の厚みを表現し、ジャケットの中に入れ、タイも結んでシャツの襟に差し込むなどの演出を行います。
シャツ、タイ、ベルトなどはアクセサリーと呼ばれ、コーディネートテーブル近くに、ほぼ放射状に配置され、顧客の反応によってどんどん入れ替え、テーブル上のコレクションを顧客が好きなものばかりに修正、積み上げていきます。販売員は最後まで一切プッシュ式販売を行いません。提案し、最終的に納得して選ぶのは顧客ですから、満足度は上がりますし、結果、再来店も数多く起きます。
この一連の接客の流れの舞台裏には、売り上げ歩率、指導用の指標などのバランスの取れた経営システム、販売員に考え方を伝える教育体系などがあり、次回はそれらに触れます。
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第1回白熱教室を開催 3月10日に第1回白熱教室を開催しました。テーマは「企業はなぜ低迷状態に入り、抜け出すことができなくなるのか」、そして特別セッション「米国優良企業の経営に関する、日本企業の大いなる誤解」。92人が参加され、熱の入った議論が展開されました。詳しくはHPをご覧ください。次回は6月10日にウブロジャパン、パルファム・ジバンシー、シスレー、タグホイヤーなどのトップを務めた高倉豊氏と「新規事業、ブランドの立ち上げとマーケティング」について「白熱教室」を開催予定です。