企業の成長持続のために知るべきこと 第10回

2016/02/02 12:56 更新


企業改革講座⑩
企業が成長を続けるために知るべきこと行うべきこと

ワールドの課題、そして今後を考える

 

 既に多くのビジネス紙などで報じられているように、ワールドが今、大量閉店、そして希望退職者を募る事態となっています。つい最近まで、その攻めの姿勢と、理にかなった科学的な事業運営により、多くのアパレル企業を圧倒していたワールドが、なぜ人員に手を付ける状況に至ったのか。今回の企業改革講座ではこの点についてひも解き、考えていきたいと思います。

 ワールドは、もともとは卸事業を中心にして発展した企業です。そして90年代から、日本国内で呼ばれるところのSPA(製造小売業)への進出に大きく舵(かじ)を切り、当時の寺井秀蔵社長のイニシアチブのもとに事業を大きく成長させました。かつて日本国内の既製品アパレル事業は、専門店、百貨店から、イトーヨーカ堂、ジャスコ(現イオン)、長崎屋などの、これも日本で一般的に呼ばれるGMS(総合小売業)業態へと価格帯を下げたチャネルに広がりました。そして90年代に起きた郊外型SCの攻勢の波に乗ったワールドは、ブランドや屋号ごとの店舗デザインで世界観を伝える能力を使い、店舗数を増やすことによって事業を大きく成長させることに成功しました。


ワールド業績 採用版


果敢な経営手法の導入と実践がチャネルシフトの波の最先端を走ることを可能に

 
 「市場の変化の波に乗る」ことは事業戦略としては正論ですが、現実にそれを実践するとなると、まさに「言うはやすし、行うは難し」です。事業戦略を実現できる企業独自の強み、組織能力を持たない限りは、いくら高額をかけて戦略と称して策定したシナリオが手元にあっても実現など、かなうものではありません。当時、それを見事に実現することができたのはワールドが先進的に取り入れていた、MDシステムなどの様々な科学的な経営手法であり、これらが実務レベルで見事に実践できる、鍛えられた組織の強さがあったからです。

 商品経営の視点から、市場の動きを事実として示すデータを的確に「見える化」し、知るべきことを把握した上で精度の高い判断につなげることができるMDシステムをはじめとし、さまざまな手法を合理的な道具立てとして使いこなし、企業全体が動くことができるように強力に組織の力を高める経営がなされました。これによって戦略的な舵取りの見事さもさることながら、すでに大企業であった「大きな船体」を機動的に、かつ大胆に動かすことのできる企業能力を育て上げていたことが中興の祖である寺井社長の真骨頂であったと言えます。それによって、戦略と、その実行を支える企業としての実践力のバランスの取れた状態を実現できたことが、ワールドの躍進の理由であったといえます。

 言い換えれば、大きな組織を「操舵(そうだ)」して市場の動きに機敏に対応できるような状態を作るという、なかなかできないことを実現することができた偉業を成し得た企業と言えるのがワールドだったわけです。

強みは弱みを覆い隠す それが致命的なものになることがある

 人も企業も、その強みを生かして大きく成長します。ところがいったん大きな存在になった後に、手付かずだった弱みが顕在化し、自覚の乏しいままに負の影響をもたらして伸び悩む例は、現実には頻繁に見られます。本来は、強みを生かして成功をした後は、浮わつくことなく地道に、弱みの克服に励むことが、真の発展のためには重要なことですが、現実には、その弱みの部分の深刻さに気が付かないことが往々にしてあります。

 ワールドは経営手法の導入の一環として、当時のはやりであった成果主義をベースとした人事評価体系を根付かせました。

 成果主義の評価体系については、昨今ではすでに、そのままでは日本企業のマネジメントのスタイルに合わない、あるいは組織を単年度業績志向の動きに変えてしまうなどの、課題部分が明らかになっています。そしてそのことに気が付いたマネジメントは、制度運用の仕方に調整を行います。

 ワールドは、もともとは「浪花節」気質の会社です。「意気」に感じて仕事に取り組む文化があるところに、理をもって考える姿勢と道具立てが加わり、成長のためには実にバランスの良い状態を実現することができました。

 成果主義の評価指標は当時、各部門に目標数値を与えてそれに専念させることで、あたかも経営の自動運転が可能になるかのような印象さえも企業に与えていました。同時に、これによって人件費のコントロールも容易になるという、低成長状態での企業にとって収益管理上の利点もありました。しかし、この評価体系を精緻(せいち)に作り込み、そして徹底していったがゆえに、評価対象として数値化されていないこと、そして人材育成なども含めた中長期的な取り組み課題が、それぞれの現場で放置されることが多くの企業でも起きました。

 

人事評価

 

 さらに、上司による評価よりも、設定されたKPI(Key Performance Indicator)の方が優先されて昇給、昇格が決まるとなると、いわゆるマネジメント不在の組織になります。上長からの、より広い視点からの全体最適化のための抑えが利かなくなり、各人は自身の単年度の評価のみを志向する組織が出来上がってしまいます。

 これは成果主義の評価指標が必ずしも悪いということではありません。米国式などの、教えられ、与えられた経営手法が正しいと思い込んでいる思考停止状態のコンサルタントや、事業観の乏しい担当者による制度の詳細設計が行われたことが原因で、各責任者が定めたKPIの追求のみを優先させる企業が増え、まさに制度設計の巧拙がまともに表面化する事例が増えました。

 またさらに、そういう環境下で「社内公募制」などを取り入れると、ただでさえ忙しい日々を送る中、人を「叱っても育てる」というマネジメントの重要な責務も薄まり、「人材は、他の部門から引きぬいてくればいい」と考えるものもでてきます。「社内公募」は本来の意図としては、本人の意志として、自身の次の成長の機会を求めて、自分自身のキャリアを作っていくことを促進するためのものです。ところが、実際にこのルールができると、良い人材がいたら「本人と話をつけて引き抜く」ために、このルールを使うというやからも現れます。

 以前、ワールドの仕事をしていた方が、ワールドを「空気が薄く、息苦しく感じる」と称していたことがありましたが、こういう点に理由があったのかもしれません。


トヨタとホンダに見られる「人」のとらえ方の違い

 先日、白熱教室第3回「トヨタの強さの本質にせまる」というテーマで討論会を行いました。様々な議論が展開されましたが、印象的だったのが、参加されていたホンダの方との議論で浮き上がった、人を育てるという視点です。現在、ホンダは、伸び悩む局面にありますが、同じ自動車業界ですから、そこで展開されている施策は表面的に見ればほぼ同じです。

 ところがこの白熱教室の場の議論の応酬が進む中で浮かび上がってきたことのひとつが、トヨタでは、全ての施策の大前提にあるのが「人を育て、大事にする」という一点に集約されていて、その前提でのマネジメントの舵取りを、各階層で知恵を絞って行っているということです。そもそもトヨタ自動車はその創業の頃はまだ劣勢の状態にあり、車が売れず、資金がショートし、銀行からの要請で人員を整理しなければならなくなったことがありました。その時の教訓から、トヨタグループ企業のトップになった時の不文律として「もし万が一、人に手を付けなければならない事態になった場合は、まず自分に手を付けるように」と長老たちから伝えられるとのことです。

 トヨタは「人は育てるもの」、ホンダは「人は、(戦略、施策を)指示してやらせるもの」という人材に対する最優先事項の違いが、そこには明確に表れていました。

 組織を「戦略的に動かす」という経営の意志があっても、それを日本企業の風土に合った形で実践するには、そのための知恵を各階層で使う必要があります。


MBWAのない 企業は死にいたる

 ファッションの世界と同じように、新しい試みにはどうしても、読み切れていない要素が含まれます。新しい施策や戦略が導入されれば、当然、素早い調整行動や、方向修正が必要になります。

 制度設計というのは常に経営の意志を反映したものになります。その設計の精度を上げ、また運用上の不具合が発生しているならば、素早く修正しなければ、本来の意図とは異なったものになりがちです。

 短期のPL(Profit and Loss、損益計算)を追求する分業体制をつくった場合は、現実に現場で起きていることをしっかりと確認した上でそれを経営の視点から調整し、全体最適になるように調整を推進する参謀的に動く機能が必要になります。今から30年以上前に世界的なベストセラーになった『エクセレントカンパニー』という本があります。この本は、優良企業の共通点を調査し、その要素をまとめたものですが、そこにもMBWA(Managing By Wondering Around、「歩き回る経営」)ということが述べられています。簡単に言ってしまえば、何が起きているかを、市場だけではなく、社内をよく見て回ることをしなければいけないということです。

 企業規模が大きくなった場合、経営層だけではなく経営参謀を一部分業して担当している参謀機能が、これを行っていく必要があります。

 これを怠ると、組織が経営レベルの意志とは異なる動きを行っていることに気がつかずに、病状が進行してしまいます。企業が低迷状態から抜けられなくなる例の多くは、「体内の異変」への早期発見と対応を行っていなかったと言っても差し支えありません。水面下から始めるようになります。

 

経営 社内を見る


上位の意志の押さえが弱くなった時 世の中が荒れるのは歴史からも明らか

 経営の意志による押さえが弱くなると、様々な思惑が錯綜してしまうのは、企業でも、国家でも全く同じです。経営と市場、現場が一体化して動けるようにするためのしくみ、習慣、文化を意識して作って行かない限り、企業の発展は常にリスクにさらされます。

 中間管理職のマネジメントの役割には、人の育成、組織の学習という側面があります。自分で考えさせて、やらせて学ばせること、すなわちPDCAを回すことを通じて、経営と市場、そして様々な現場との神経系統を企業内に発達させることです。そして、それを通じて上長の視点からいかに判断するのかを、的確にPDCAを回している状態を確認し、必要な指示を与えて共有することが必要になります。

 しかし、これが制度設計の悪さから健全に機能せず、さらにそのことに経営側が気がつかないとなると、知らず知らずのうちに企業内に機能不全が進行することになります。

 

参謀


チャネルシフトの判断において経営サポートの参謀機能が動いていない 

 ワールドがその発展を実現したのは新しく現れた新興の商業施設であり、その中でも特に、SCや駅ビル、ファッションビルに出店しやすい、より「買いやすい価格帯」のブランドでした。このビジネスは、ザラやH&Mの海外勢、そして、強力なユニクロ、そして郊外路面店中心のしまむらと、まさにその機動的に動く組織力、素早い判断と対応を実現するための、広義でとらえたシステム力を駆使して戦う産業化の進んだ激戦市場です。

 激戦市場では、時々刻々、その戦況つまり市場が変化します。そのような市場での戦いには、まさに市場を適切にセグメントして捉え、その市場規模を見据えて、そして各競合の強み、弱みを的確に把握して戦略的な判断をタイムリーに行っていかなければいけません。競合状況が変化すれば市場は変化をし、その影響が大きければ大きいほど、変化も大きくなります。

 経営がこれを的確に判断するためには、経営の側近で動く参謀・スタッフ機能が、機動的に動いている必要があります。

 そもそも、さまざまな強みを持ったワールドは、本来、この価格帯以外にも、多く上下の市場において戦いが行える能力を持っていました。また、面の広がりを考えれば、海外展開も当然視野に入っていたはずですので、もともと「猛者」の多かったワールドは、その有する強みである「しくみ」と、様々な情報ソースのネットワークを使っての挑戦は可能であったはずです。

 あえて抽象的な表現で記述するならば、おそらく、経営の意思決定のための参謀機能が求められるスピードでの動きができなくなっていた、あるいは、卓越した能力を発揮できる組織が、従来のような機動性を発揮できない理由があったのではないかと推測します。そして、マネジメント側がその状況を把握できずに手を打たなかったのではないかと思われます。


そして銀行は 回収を優先する 

 ワールドが非上場に踏み切った実際の動機などは定かではありませんが、その際に外部金融機関からの借り入れに頼っていたのは、公になっている情報からも明らかでした。戦略的な判断を的確に行い実践する際は、その「人の力を最大限に発揮させることのできる組織」が必要なのですが、市場変化に対応しての「操舵」を行うことのできる機動力のある「船」がしっかりと機能している必要があります。

 企業業績が低迷する場合は、そのほとんどが企業内部で機能不全が起きているためです。そして、それがPLに影響してくると、銀行に代表される金融機関は基本的に、利を追求して大所帯を賄っています。そして、今の多くの日系金融機関のように成長を志向していない状態になると、当然のことながら、そこで働くものもリスクをとらなくなります。回収にリスクを感じれば、必然的に金融機関に働くものたちは、自身の評価についても、もっとも安全な側に振った方向に「舵」を取りはじめます。
 
ワールドには優れたMDのシステムや、世界中の最先端の情報収集力など、今でも素晴らしい側面があり、今後の復活と発展が待望されています。

 ただし、今回の希望退職募集に際し、仮に中心的な幹部人材の流出が起きてしまうと、これまでの強さを支えた根幹部分が弱体化していってしまうことになります。

 人件費を圧縮し、大量閉店を推進すること自体は大変な業務なのは間違いありません。しかしながら目先のPLの話だけに終始するのではなく、そこに中長期視点を持っていかに舵取りと判断ができるかが、今の時点での最大の経営の課題なのは、間違いないでしょう。

イメージ写真/Shutterstock.com



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