今年は「U」の年。
と、突然言われても何のことかわかりませんよね。ウサギならわかるけど。フランスには犬や猫に名前をつける時、その年のアルファベットをイニシャルにする習慣があるのです。2023年はU、去年は「T」、来年は「V」。
日本では食べ物系の犬の名前が流行っていると聞きましたが、パリでもS年生まれでは「ソバ」ちゃんとか、「好き」ちゃんとか、食べ物と関係ないですね、でも2匹合わせると「蕎麦好き」と日本語になります。T年生まれではタバスコちゃんとかがいます。
ところで「犬の命名って難しい」、とつくづく思ったのが22年前のこと。3か月のジャックラッセルテリア(女の子)を迎えた時です。いつも一緒に犬と暮らしているのですが、すでに名前のついた保護犬を迎えていたので、名前親を経験したことがなかったのです。
そんな時、私淑する写真家の植田正治(1931-2000)の写真事務所からパッケージが届きました。ワクワクしてそれを開けてみると、「ライカ通信」マガジンの最新号、植田正治特集だったのです。うれしくて倒れそうでした。
と同時に「コレだ!」と直感。ジャックの名はライカ/LEICA しかないと。
その年はS年だったのですが、感動による掟破りならいいじゃないですか。それにガガーリンの前に宇宙船に乗せられてしまったライカへのオマージュを捧げたかったのです。
そして実はもうひとつ、「ライカで写真を撮りたい」がわたしのバケットリストの上位にあったのですが実現までには程遠いと自認していたので、毎日「ライカ」と呼べる相棒がいたら最高じゃないですか。
写真のアヴァンチュール
ライカギャラリー
LEICA GALERIE Paris
「マイライカ」はいまだにバゲットリストの上位ランキングを続けているのですが、その達成に意欲を与えてくれるようなマドレーヌ広場界隈にこの春、ギャルリー ライカ パリ/Galerie Leica Paris がオープンしたのです!
ここにはライカの全機種が揃い(見たら欲しくなるのでなるべく見ないようにしている)、年に5、6回、新しい才能から著名写真家の展覧会のプログラムが組まれています。
写真ファンは避けて通れないニューアドレス、もちろんライカファンにはどうしようもないほど行きたい場所。
さて、このニューギャラリーの杮落としはオランダ人の若手写真家ポール・キュピド/Paul Cupido の展覧会でした。その幻想的な作風は、ライカで描いたような詩的で繊細な日本画や切り絵を連想させます。
彼は日本の文化・芸術を愛し、そのインスピレーションが写真から伝わってきます。
この展覧会はライカとボルドーワインのシャトー・パルメール/Châteua Palmer 、カメラとワインのプレステージメゾンのコラボレーション「 INSTANTS 」の一環。
INSTANTS とは、若手写真家の才能発掘・育成とコンテンポラリーフォトのクリエイションを目的としたプログラムで、毎年選出された写真家がシャトー・パルメールにレジダンスとして1年間滞在し、自由なテーマで創作活動に打ち込めるというプログラム、画期的ではありませんか。
キュピドの展覧会に続き、夏はフランソワ・フォンテーヌ/François Fontaine が開催され、秋からのシーズンは クロード・イヴェルネ/Claude Iverné でスタートし、11、12月はパオロ・ロヴェルシ/ Paulo Roversi !
ああ、待ち遠しい。
LEICA GALERIE Paris
26, rue Boissy d’Anglas 75008 Paris
https://www.leica-camera.com
フォンダシオン アンリ・カルティエ=ブレッソン
FONDATION HENRI CARTIER-BRESSON
ライカと切っても切れないのが、仏人写真家のアンリ・カルティエ=ブレッソン(1908-2004)。これまで見たきたカルティエ=ブレッソンのポートレートでは、この巨匠の手にはいつもライカが、もしくは被写体に向かいライカを覗いている姿しかない、と記憶しています。
数年前に14区から3区(マレ)にお引越ししたフォンダシオン アンリ・カルティエ=ブレッソン(FHCB)は、昨年11月に増床し、1階のCUBE、そして地下の新スペースTUBE、2つの展示室となりました。その名の通り、立方体(正確な真四角ではないが)と管(まさにその通り)のカタチをしています。
昨年12月にディレクターに就任したクレモン・シェルー/Clémont Chéroux さんは、サンフランシスコ近代美術館(SEMOMA)やニューヨークMOMAの写真部門での経験を反映させ、パリではあまり見ることのなかった米国を拠点とする写真家の展覧会に積極的な姿勢です。
9月3日まで開催されているCUBEでの展覧会は、第5回イメルションアワード/IMMERSION Award を獲得したフランス人の若手写真家ヴァサンタ・ヨガナンタンの「ミステリーストリート/MISTERY STREET」展。IMMERSION とはエルメス財団の米仏間における写真プログラムの一環で、受賞者は同財団からのオーダーでシリーズを制作し、展覧会と作品集で発表できるのです。
「ミステリーストリート」は、米ニューオーリンズの真夏の暑く湿った空気の中で遊ぶ子供たちの豊かなイメージを捉えたシリーズ。ハリケーン・カトリーナで甚大な被害の痕跡をとどめ、地球温暖化で蝕まれていく街の姿を子供たちがメタファーとなり、ドキュメンタリーとフィクションの間を彷徨っていく。ヨガナンタンはカメラを通し、現実が孕む寓話性を美しく描きました。
同会期でTUBEで開かれているのは、カルティエ=ブレッソンの写真展「もうひとつの戴冠式/L’AUTRE COURONNEMENT 」です。
なぜ「もうひとつの」なのか_
それは1936年のジョージ6世とエリザベスの戴冠式だから。すでにお分かりの通り、この5月に行われた英国王チャールズ3世とカミラの戴冠式に合わせた企画展です。
戴冠式であっても、式を見たい!人々ばかりが被写体で、英国王の姿はありません。
これがカルティエ=ブレッソンの視点なのです。
FONDATION HENRI CARTIER-BRESSON
79, rue des Archives 75003 Paris
https://www.henricartierbresson.org
土門拳
KEN DOMON
冒頭で植田正治に触れましたが、その植田正治と交流のあった土門拳(1909-1990)の忘れられない写真展。
よく「写真の鬼」と呼ばれていた土門拳のフランスでは初となる展覧会「KEN DOMON Le maître du réalisme japonais/土門拳 日本のレアリズムの巨匠 」がパリ日本文化会館で開かれていました。
本展のキュレーター、ミラノ大学東アジア美術史教授のRossella Menegazzo ロッセラ・メネガッツォさんのテーマ、そして写真のセレクションが素晴らしかった。
ちなみに土門拳は1920年から1980年にかけ70000枚におよぶ写真を撮ったと言われています。
パリで土門拳の生涯写真への情熱に涙できる機会に恵まれ、いつか山形酒田市にある土門拳記念館に行きたいとSkira から出版された同展のカタログのページをめくるのでした。
それではまた、アビアント!
松井孝予
(今はなき)リクルート・フロムエー、雑誌Switchを経て渡仏。パリで学業に専念、2004年から繊研新聞社パリ通信員。ソムリエになった気分でフレンチ小料理に合うワインを選ぶのが日課。ジャックラッセルテリア(もちろん犬)の家族ライカ家と同居。