パリ左岸ル・ボン・マルシェで読書する(松井孝予)

2024/04/26 06:00 更新


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まさか、あのコレット colette を忘れていませんよね?

と、唐突な質問ですが。

コレットとは、フランス人作家のコレット(Sidonie-Gabrielle Colette 1873-1964)ではなく(いやいやこの作家も忘れていはいけません)、ではなく、パリ・サントノレ通りにあったコンセプトストアの「コレット」のこと。

そのコレットが20年の歴史に幕を閉じたのが、2017年12月20日。もう7年前か。そしてこの間、ポストコレットと呼べるようなコンセプトストア、パリには現れなかった_と思うのです。

ここまで読んでいただければ、サラとは誰のことか説明しなくても済むでしょう。コレットを創業したコレット・ルソーさんの一人娘、サラ・アンデルマンさんのキュレーションによるイベント「ミズ・アン・パージュ・バイ・サラ・アンデルマン」が左岸の百貨店ル・ボン・マルシェ(LBM)で開催されました。

このイベントはすでに本紙で紹介したのですが、ここではまた別な角度から振り返ってみようかな、と思います。

イベントの題名

「ミズ・アン・パージュ」 MISE EN PAGE _ とはこの場合、「ページ組み」とでも訳しておきます。そうそう、サラさんは「コレット」のアーティスティックディレクターから、「ジャスト・アン・イディア」を立ち上げアート書籍を手掛けています。

そしてLBMといえば、エミール・ゾラ Emile Zola (1840-1904)が百貨店を舞台に消費社会を描いたAu Bonheur des Dames (1883) オ・ボヌール・デ・ダム(「ボヌール・デ・ダム百貨店」。邦題はいくつかあるようですが)の取材先。小説の舞台となった場所。

なので、本イベントのタイトル、ダブルでピン!と来てしまいます。つまりイベントのタイトルがその中身に与える相乗効果のレトリックがズバ抜けています。特にLBMの顧客層は、「あらMISE EN PAGEですって!流石、ボン・マルシェね」とパリの粋を感じるはず。

キーイメージ

イラストレーターのジャン・ジュリアンによるキーイメージ。まさにサラさんの顔が本と融合以上の冗語法(この上なく強調する修辞的効果)となり、つい引きつけられますね。

デジタルのこのご時世に、スマートフォンとかのデバイスではなく、今どき(?)紙の本に顔を突っ込んでいる(ヒンのない表現ですみません)。このユーモアのあるアンチテーゼ(対立)、LBMの顧客のインテリジェンスをこよなくよろこばせます。

そして本館のガラス屋根の吹き抜けスペースにはジャンによるPaper People の巨大なインスタレーション。アートしてるじゃないですか。

エクスクルーシブに踊る

このイベント、初日から勢いのある賑わいでした。人出だけでなく、あらゆる年齢層のお客さんたちが楽しそうにショッピングしているではありませんか。この高インフレの時代になかなか見れる光景ではありません。

イベント名からして、「たくさん本が並んでいるんでしょ」と思いがちですが、このキュレーターがLBMを舞台にそんな単刀直入なことをするはずがありません。一度は行ってみたい世界の有名ブックショップのオリジナルグッズ、中目黒のCOW BOOKSも大きなコーナーを展開。

Ex-Libris Parisで自分だけの エクスリブリス(蔵書票)のオーダー、ブックケース入りショコラ、ショコラだけでなくヘアブラシもブックケースに入っていたり。アルファベットのアクセサリーとか。日仏デュオの「ブリジットタナカ」さんもオーガンジーバックで参加!

閃きのあるもの、自分の時間を楽しませてくれるもの、小さな発見のあるものいろいろたくさん、コレット不在の7年間の空間を取り戻すようなエクスクルーシブプロダクト旋風、これを実現に至らせたLBMとそれに応えたメゾンに頭が下がります。

COW BOOKS
BRIGITTE TANAKA
Ex-Libris Paris
エクスクルーシブのヘアブラシ la bonne brosse

百貨店での時間

コミュニケーションのオアシスとなるカフェも本館3階にお目見え。本のテーブルにチェアでページの中で、何かしらの主人公になった気分でカフェを飲む。言葉を変えれば「体験型」の百貨店で、ちょっと記憶に残るような一時を過ごせたわけです。

これまで百貨店の春のイベントはファッションでしたが、この「ページ組み」で文化やアートや生活を主役にした成功の一例を見ることができました。

そして本を片手に左岸をあるくパリジャンを多く見かけるようになったのも事実。これもル・ボン・マルシェ効果かな。

カフェ

付録

サンテグジュペリ(アントワーヌ・ドゥ)、ランボー(アルチュール)、サガン(フランソワーズ)、ウルフ(ヴァージニア)…

各国のリテレール(文学の)お名前を連ねましたが、この方々のお名前をいただいたダイニングテーブルが本イベントのオープニングディナーの夜、閉店後のLBMに現れたのです。

16もの文豪テーブルには、マドレーヌ型のバター(マルセル・プルーストの『失われた時をもとめて』から)、生野菜は本の形をしたオブジェに刺された生野菜、アルファベット型パスタのスープと「ページを食する」ようなメニュー。それもただ味わうだけでなく、詩の朗読が耳を楽しませ、数々のラグジュアリーメゾンのショーミュージックを手掛けてきたトマ・ルッセル Thomas Roussel がこの夜のために作曲した Flipbook のオーケストラライブでフィナーレを飾るという、「物語」のページの中にでもいるような…

おとぎ話でも書こうか?、なーんてね。

作家の名を持つテーブルたち

それではみなさん、アビアント(またね)

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松井孝予

(今はなき)リクルート・フロムエー、雑誌Switchを経て渡仏。パリで学業に専念、2004年から繊研新聞社パリ通信員。ソムリエになった気分でフレンチ小料理に合うワインを選ぶのが日課。ジャックラッセルテリア(もちろん犬)の家族ライカ家と同居。



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