「物があふれ、どんどんコモディティー化する時代。そんな中で、価値を持つのは(有形な物ではなく)精神性や意味合い」と話すのは三菱商事出身の茨城聡さん。それに一役買うのがアートやブランドといったIP(知的財産)で、プロジェクト化し、広く世に送り出すのが茨城さんの新しい仕事だ。26年にインドネシア・バリ島にオープンする現代アートの美術館のプロジェクトが第1弾となる。
(永松浩介)
アートの可能性
13年に三菱商事に入社、生活産業領域のトレーディングや海外スタートアップ出向を経てファッション領域に。三菱商事ファッション時代の21年に立ち上げた環境に配慮したDtoC(消費者直販)ブランド「ナギエ」を含め、5年ほど経験し9月末に退職した。
コロナ下にナギエを始めたころから、無形だが価値があるIPに興味を持ち、深く考えるようになった。そんな時に、米国生まれの現代アーティスト、寒川裕人さんに出会い意気投合。寒川さんが史上最年少の若さで東京都現代美術館で開いた個展を見てびっくりした。「金粉の雨を降らせたり、館内の一角を理想の海にしたり」。作品もさることながら、写真を撮ってソーシャルメディアに投稿する若い客だけでなく、アートに詳しい玄人客の心も動かす作品の力に驚き、その可能性に胸が踊った。
「とてつもないポテンシャルを感じた」という茨城さんは、寒川さんの作品を常設展示出来るミュージアムを作ることを決め、三菱商事時代の元同僚とシンガポールに法人、YES_を設立した。様々なIPをプロジェクト化し、世に送り出すのが主な事業だ。日本ブランドのグローバル展開を支援することも考えられるという。
メタとリアル行き来
美術館を設けるのはバリ島。島を訪れる観光客は1500万人、うち600万人は外国人で、豪州、中国でざっと3割を占めるが、残りは数百カ国とバラエティーに富む。「世界との接地面積が多い」。ある種、無国籍な土地柄だ。
自然を生かしたモダンな館の内側で金箔(きんぱく)の雨など、寒川さんの〝メタ・ネイチャー〟(高次の自然)な作品を体験し、館の外に出ればバリ島のリアルな大自然を存分に体感できる。そんな体験は自然に対する感じ方を変え、行動変容にもつながるのでは、と茨城さんは期待している。
寒川さんの名を冠して建設中の「ユージーン・ミュージアム・イン・バリ」は、有名な観光名所であるタナロット寺院にも近く、建設地かいわいのタバナン県は新たな開発の重点地区だ。ミュージアムには宿泊施設も設け「世界でも珍しいはず」。宿泊者は閉館後も作品を楽しめるという。
アートの体験は人の日常を大きく変えるポテンシャルを持つと考える。もっと多くの人に体験してもらいたいから、ユージーン・ミュージアムを色々な国に作りたいと考えている。今回、美術館名に〝バリの〟と付けたのもそのためだ。日本かもしれないし、香港かもしれない。
勝手な想像だが、世界各地での展開は「ディズニーランド」と重なる。考えれば、ウォルト・ディズニーは今やマーベルや「スターウォーズ」の製作会社も傘下に収めるIPの集積地だ。目指しているかどうかは別にしても、茨城さんはIPの持つ可能性に賭けたいと考えている。