19年春夏パリコレ パンクスピリット秘めた静かな服

2018/10/02 06:30 更新


 【パリ=小笠原拓郎、青木規子】19年春夏パリ・コレクションでファッションの新しい見せ方が話題になっている。LEDなどのハイテク技術の発達とともに、新しいスペクタクルの演出が生まれようとしている。それを伝えるのも、もちろん動画を発信できるサイトやメディア。そんな時代を迎えようとしている。しかし、新しい見せ方に驚かされながら、もう一方で服本来の持つ力をどう伝えるのかを考えさせられる。

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 「自由を着る」「今までにない新しい何かを探す」「既存の美にはない美しさ」。コムデギャルソンは常にそんなスピリットで服を作ってきた。その姿勢は、パンクが本来持っていた既存の価値観に異を唱える姿勢と重なって見える。

 パンクのスピリットを内包したボンデージルックは、それが様式化した段階で、本来の精神性は形骸化されパンクとは異なるものになってしまった。パンクの商業化とも言えるこうした流行の一方で、コムデギャルソンはファッションという産業の中にありながら、常にパンクのスピリットを貫いてきた。

 例えば初期の穴あきのセーター、97年の「ボディーミーツドレス、ドレスミーツボディ」の異形のドレス。いずれも既存の美に対する反抗の服として時代に楔(くさび)を打ち込んできた。しかし、それが時代に飲みこまれ消化されていくと、コムデギャルソンのスピリットとは異なるものになってしまう。だから、川久保玲は一つの様式にとらわれることなく、常に新しい何かを探し求めてきた。

 10シーズン前からスタートした〝象徴〟としてのコレクションは、服の概念の外側にあるアートやオブジェにも似たもの。服の概念の外側にある抽象に手を出すことでしか、新しいファッションを描けない。そんな川久保の葛藤から生まれたものだ。その象徴のエッセンスを取り入れながら量産の服にしていくことで、新しいビジネスを築いてきた。しかしその作り方も、10シーズン続けるなかで様式化され時代に飲み込まれてしまう。

 この春夏のコムデギャルソンは、これまでのデコラティブでボリュームたっぷりのオブジェのような象徴のコレクションとは全く異なるもの。シリコンのひもの刺繍やフェザー刺繍、重厚なサテンなどの上質な素材のコートやコンビネゾンだが、そこにばっさりとハサミを入れてしまう。身頃に刻まれたスラッシュやジグザグの切れ込み、そこからタトゥーのような膨らんだボディーがボリュームとなって現れる。シンプルなアウターのお腹から膨らむボディーはまるで妊婦のようでもあり、ヒップを膨らませたコートはバッスルのようにも見える。

コムデギャルソン

 その静かなたたずまいが、コムデギャルソンの精神性を物語る。様式ではない、精神としてのパンクスピリット、それをどう服の中にデザインするのか。今回、川久保はそこに挑んだように感じられる。「今回はあえてデザインをすることをせず、最後にハサミを入れる瞬間だけがデザインでした」。ショーを終えた川久保はそう語った。

 このコレクションが画期的に新しい何かなのかと問われると、正直なところ、それは分からない。しかし、これまでの作り方に安住することなく、新しい何かを模索するコムデギャルソンのスピリットにあふれたものであることは確かだ。そして、そのデザイン手法は表面的なものではなく、内にある精神性をデザインしようとしている。精神性をデザインするという無いものねだりのような課題の先に何があるのだろうか。商業化され、スピリットが形骸化されたパンクのあり様を目にしてきた自分には、川久保の挑戦は至極真っ当だが困難な闘いのように思える。しかし、あえてそれに挑もうとする誠実な姿勢に共感を覚えずにはいられない。

圧倒的なビジュアルで新しい見せ方

 バレンシアガのショー会場に入ると、壁や天井から雨粒が流れるトンネルのような空間になっている。足元は雨粒が水たまりに落ちてはじけるように光っている。LEDを使ったハイテク技術によるトンネル状の空間が、春夏のランウェー。そこに登場するのは、パゴダスリーブのように鋭角なスクエアショルダーのドレスやコートだ。ベルベット、レザー、ジャージー。さまざまな素材を生かしながら、肩にポイントを置いた強いスタイルが登場する。

 ベルベットのドレスは、前回話題になった3Dで体を計測して縫わずに作る技術を継続したもの。エッフェル塔のラメプリントやタイポグラフィーのドレスのほか、ブランドロゴのジャカードコートもある。ハートとビジュー、トランプやサイコロをプリントしたカラフルなドレスの一方で、真っ黒なコートやセットアップの飾らないスタイルも出している。

バレンシアガ
バレンシアガ

 しかし、圧倒的なのは、服を見せるトンネルのような空間のデザインだ。当初、雨粒の流れるさまを描いていたLEDの光はショーの進行とともに、炎や流れるマグマ、宇宙や風の流れを描く。その驚くべき空間演出の映像に、バレンシアガの服がシンクロする。一枚の布をドレープを流しながらドレスに仕立てるクリストバル・バレンシアガを思わせるラインもあるのだが、それよりも空間に思わずため息が出る。その演出に驚きながらもどこか複雑な気分もある。技術の進歩とともに、服の見せ方も変わって当然ではある。

 しかし、もう服だけの力では新しさを出せなくなったのだろうかという懸念も持ってしまう。新しい技術に伴う新しい見せ方に新鮮な気持ちを持ちながら、心のどこかで服本来の持つ力で前に進みたいと感じる。

バレンシアガ

(写真=大原広和)

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