【パリ=松井孝予通信員】EU(欧州連合)とインドが、20年越しで進めてきた自由貿易協定(FTA)交渉を妥結した。背景には世界的な通商秩序の変質がある。ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長は、仏経済紙への寄稿で関税や輸出規制が「武器化」した現状を指摘しており、EUは孤立ではなく供給源の多角化による「デリスキング」を進めている。
協定は、インドがEU産品に課す関税の96.6%について撤廃・引き下げを行う一方、EUもインド産輸入品の99.5%(関税分類で約97%)を7年以内に自由化する。農産品など欧州の敏感分野は除外され、インドが求めた炭素国境税(MACF)の免除にも応じていない。
インドが開放に踏み切った背景には、米国による対印50%制裁関税が影響したとの見方もある。25年のこの措置で、テキスタイルや宝飾など労働集約型産業が打撃を受け、輸出先の多角化は急務となった。一方欧州企業は、中国依存を縮減する調達再編を進めており両者の戦略が一致した。
関税撤廃の効果が表れやすい分野として、テキスタイル・アパレルが挙げられる。EUはインド産繊維に課してきた12%関税を撤廃する方向で、ベトナムやバングラデシュなど特恵国に比べ不利だった競争条件が緩和される。インド政府は生産連動インセンティブ(PLI)を軸に輸出型産業の育成を進めており、今回の協定はEU市場に向けた再拡大の契機となりそうだ。EU域内では、繊維産地を抱えるポルトガルに不利だとの指摘もある。
今後は、インドにとって原産地規則の厳格運用やMACF対応が課題となる一方、欧州側では調達の多角化が進む可能性がある。二つの大市場を結ぶ今回のFTAは、アジア調達の再編やインド繊維の競争環境の変化を通じて、サプライチェーン全体の構造に影響を及ぼしそうだ。