《めてみみ》仕付け糸

2021/04/20 06:24 更新


 4月に入ってから通勤電車やオフィス街で新入社員とおぼしき人を見かけることが増えた。スーツやかばんが新しい、だいたい集団で移動している、などいくつかの特徴があるから気づくのだが、単独行動している場合もすぐわかる時がある。

 後ろ姿を見ると、ジャケットの裾の真ん中か、両端にある切れ込みが、白い仕付け糸で「ペケ印」に縫い留められたままのことが多いからだ。切れ込みはベントと言って、ジャケットを着た際にヒップ回りが突っ張らず、動きやすくするために考えられた意匠だ。

 新品のスーツのベントを仕付け糸で固定するのは、型崩れを防ぐため。テーラーが丁寧に作ったという印の意味もある。スーツを初めて買う客には、店員がそのことを説明するとか、黙って取ってあげるとかすれば良いのにと思う。

 だが、店がそうしないのか、ネットで買うからなのか、ペケ印付きのスーツ姿は一向になくならない。そもそも簡素な作りで価格も手頃な「新卒向け」スーツや、ストレッチ素材のセットアップに仕付け糸は必要もない。

 リモートワークが増え、スーツを着る機会や理由は減る。でも、ここぞという時、格好良くスーツを着たいという需要くらいは残る。そのときのためにあの仕付け糸は取って着るものだと、業界の誰かがちゃんと教えた方が良いと思う。



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