《めてみみ》過去の遺産

2023/12/13 06:24 更新


 「月が出た出た、月が出た、三池炭坑の上に出た」。歌のリズムと共に盆踊りのシーンが浮かぶ方もいるだろうか。この『炭坑節』は北九州の女性炭鉱労働者が口ずさんでいた歌がもとという。最盛期に千を超えたらしい国内の炭鉱は、今や北海道の一つを残すのみ。

 三井三池炭鉱は、福岡県中心に点在した日本を代表する鉱山だった。97年に最後の炭鉱が閉山し、主要な設備の多くが撤去される。その後、明治以降の近代化の象徴として保存を求める声が高まる。05年には念願がかない、世界文化遺産に登録された。保存も進み、観光拠点としても地域の財産になった。

 整備の進む一つが、荒尾市の万田坑跡。その一角には、旧アソニットの工場が残る。63年の大規模な炭塵(たんじん)爆発事故後に、遺族の救済などを目的に作られた工場である。残念ながら、多くの国内工場同様、輸入品の波に抗しきれず、95年に操業をやめた。今はコンクリート造りの建物だけがひっそりと残る。

 炭鉱をはじめ、時代と共に消えていく産業は少なくない。国内の繊維産業もよく似た道をたどってきたが、ここにきて機能が再評価されつつある。特にSNSなどの影響で、話題になった商品をすぐに追加投入できる強みが見直され始めた。往時の姿は、望むべくもないだろうが、まだまだ繊維産業を〝過去の遺産〟にするわけにはいかない。



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