前回のレポートでは「モードの若手クリエイター」をテーマにお届けしました。それに続き、今回は「若手アーティスト」について。
アート&インダストリーデザインの分野では、突然スターが現れるようにみえるのですが、これはやはり作品価値としての投資があるからなのか?モード界同様、企業や自治体によるアーティストの将来性をさがす「賞」の創設が活発になっています。
それでは若いアーティストのための企業活動を紹介したいと思います。
デザイン Design
前回取り上げたイエール国際フェスティバル。その会場となるラ・ヴィラ・ノアイユではこのフェスティバルだけでない! 世界の若手クリエイターを対象にデザインオブジェとインテリアデザインのコンクール、デザイン・パラード/Designe Parade が毎年開催されています。
このコンクールは、シャネル、le19M(シャネル傘下)、エルメス財団、ヴァンクリフ&アーペル、ヨーロッパリネンとヘンプのための同盟(旧欧州麻連盟/CELC)、教育・文化施設ではポンピドゥセンター、パリ装飾芸術美術館らがパートナーとなり、制作プロジェクトや発表の支援をしながら若き才能を育てています。
ここでの受賞者たちは上記の企業らとのコラボレーションしながら活動の道を広げ、企業も若手との協業プロジェクトで相乗効果を上げている。
昨年秋にle19Mのアトリエがフェロー/Féau Boiseries のショールームで開催したデザインインテリア展では、2021年のデザイン・パラードでシャネルのヴィジュアルマーチャンダイジング賞を獲得したデュオデザイナー、Studio Biehler-Graveleine による大胆なセノグラフィー(展示演出)で注目を集め、デザインの分野で大きな1歩を踏み出しました。
コンテンポラリーアート Art contemporain
すでに知る人ぞ知る電撃的昇進した26歳のアーティスト! これぞスター誕生を体現したコンテンポラリーアートの新人、ポール・タビュレ/Pol Taburet 。グアドループ出身の彼、そのまだ短い経歴は_
Paul-Emmanuel Reiffersが率いるマザリンヌグループ(Numéro Magazineをはじめとするメディア、スタジオを運営)を率いるPaul-Emmanuel Reiffersが創設したReiffers Art Initiativesでグランプリを受賞。
百貨店ギャラリーラファイエットのコンテンポラリーアートの財団、ラファイエット・アンティシパション/Lafayette Anticipations で2023年、個展開催。
同年にペルノ・リカール社のコンテンポラリーアート財団Fondation Pernod Ricard /フォンダシオン・ペルノ・リカールの新人を対象にしたPrix Fondation Pernod Ricard で新たにグランプリ獲得。
タビュレは技術に溺れず、自分を越えようとする勢いが人間性のある表現となり、見る人を引きつける。
さてこのポル・タビュレをはじめ、これからの才能を見出してきたFondation Pernod Ricard は同社のパリ本社内にアートスペースを併設しています。ここで開催される同賞の受賞者の展覧会や企画展は、コンテンポラリーファンの必見!しかも入場料は無料、カフェやブックストアも楽しめます。
次の企画展は2月13日〜4月20日まで。タイトルは La Société des spectacles。
そして無名のタビュレの個展を開催したギャラリー・ラファイエットのラファイエット・アンティシパションは、しかるべきアート財団だ。作者の知名度や人気度やアートの流行や、そうした「耳」による判断をしていません。
ここで1月7日まで開催されていた31歳の英国人アーティスト、イシー・ウッド @isywod のフランスでの初の個展 STUDY FOR NO もタビュレ同様、センセーショナルな話題でした。リネンのキャンバスに描かれた彼女の日常生活、預かったポメラニアンとか虫歯の治療とか(ちなみに彼女のママは歯医者さん)、おばあちゃんへのプレゼントとか。
一見自己中心的なテーマでも、そこには誰もが持っている何かにつながってしまう。
イシー・ウッド展のポストカードとか彼女の日記(英語版書籍)は、アンティシパションのブックストアであっという間にソールドアウト。
アンティシパションで現在開催されている展覧会は COMING SOON。まさに anticipation ! これからのアーティストたちのグループ展です。
ここでの展覧会はすべて無料で、ギャラリー・ラファイエットのアートとパブリックを繋ぐ真意が伺えます。
マレ(4区)の真ん中でアートを鑑賞した後、カフェス&レストランペースでブレーク。期間限定の招待シェフによるキュイジーヌ(お料理)も楽しめます。
Lafayette Anticipations – Fondation Galeries Lafayette
9, rue du Plâtre 75004 Paris
https://www.lafayetteanticipations.com/en/
さて、年のはじめに大久保喬樹(1946-2020)訳『岡倉天心 茶の本』(角川ソフィア文庫ビギナーズ日本の思想)を読みました。この本には岡倉天心(1863-1913)が英語で執筆した THE BOOK OF TEA(1906年) の大久保喬樹による新訳に加え『東洋の理想』の抄訳と解説が収録されています。
岡倉天心については、東京美術大学(現東京藝術大学美術学部)の設立に貢献したことで知られる文明思想家という程度の知識しかなかったのですが、この本を読み、100年以上も前に「自然との共生」を唱えていた天心の先見性に驚きを覚えずにはいられませんでした。今、必読するべき。
そしてもうひとつ。『茶の本』第5章には、「芸術への敬意」として鑑賞者の器量について書かれているのですが、人々は自分の感情よりも世間で1番とされているものばかりを追い求める。つまり芸術品に対し洗練や美よりも、高価なもの流行っているものになびく、目ではなく「耳でもって絵を評価する」風潮を指摘しています。ドキッ。
また「同時代の芸術こそ私たちの芸術」と説き、同時代の芸術を断罪することは、私たち自身を断罪することにほかならないとまで書いている。
これを読んだあと向かった先は、ブルス・ドゥ・コメルス ピノー・コレクション/ Bourse de Commerce Pinault Collection.
American mythologies というタイトルで様々なジェネレーションのアーティストの作品が展示されていたのですが、そのメインとなったマイク・ケリー Mike Kelley (1954ー2012)の作品をまだ十分に見ていなかった。
これではいけない!と危機感にあふれ、即行動にうつしたのでした。この「行動にうつせる」、詰まるところマイク・ケリーをすぐ見に行ける環境にあるということに大変感謝したのですが、ピノー・コレクションがあってこそ実現できたわけです。
ブルス・ドゥ・コメルスがコロナ後に開館するまで、パリは現代アートの文化施設が不在と言われてましたが。ピノー・コレクションの次の展覧会は3月20日から始まる The World as It Goes。80年代から現在に至るさまざまなアーティストの作品が鑑賞できます。
先に紹介した Pol Taburet、今最も注目されているモハメッド・サミ Mohammed Sami、シンディー・シャーマン Cindy Sherman, ジェフ・クーンズ Jeff Koonsも。
ピノー・コレクションとは、ケリング創設者のフランソワ・ピノー氏の現代アートコレクションを指しますが、同氏の若手の才能を見抜いてきた耳ではなく「目で持って作品を評価する」器量と情熱。岡倉天心を思わずにはいられないのでした。
それではまた、アビアント!
松井孝予
(今はなき)リクルート・フロムエー、雑誌Switchを経て渡仏。パリで学業に専念、2004年から繊研新聞社パリ通信員。ソムリエになった気分でフレンチ小料理に合うワインを選ぶのが日課。ジャックラッセルテリア(もちろん犬)の家族ライカ家と同居。