「テロワール&アート、アート&テロワール」
いつか行ってみたい!と思っていたラ・コマンドゥリー・ドゥ・ペラソル/LA COMMANDERIE DE PEYRASSOL。ついにこの地に立ち、目の前に広がる風景を見て咄嗟にテロワール(ぶどうの産地)、そしてアートと呟いてしまった。なぜこの2つが繋がるのか、それはこのレポートで判明します。
ここはどこ?なんとも訳のわからない変にドラマチックな冒頭になりましたが、エクサンプロヴァンスから車で約1時間ほどの人里離れた緑の中にあるラ・コマンドゥリー・ドゥ・ペラソル 。
「ペイラソル」というロゼワインは知っていたのですが、「ラ・コマンドゥリー」とドメインでもAOC(原産地統制名称)でもない。それではこの「ラ・コマンドゥリー」とは何なのか。
カンタンに説明すれば、la commanderie /ラ・コモンドゥリーとは中世の騎士団の司令部や拠点のことで、特にテンプル騎士団や聖ヨハネ騎士団が使っていた建物や施設を指し、修道院のような機能や、地域の軍事的、宗教的な中心地の役割を果たしていました。
新たな歴史の幕開け
ということで、ラ・コマンドゥリー・ドゥ・ペラソルの歴史は1204年、テンプル騎士団の施設としてはじまります。そしてここではワインも作られていたのですが、中世ですから保存のできないぶどう酒と言った方がいいのかもしれません。1256年には年間2万8000リットル生産されていた記録が残っています。
時を経て、フランス革命を機にこの施設はリゴール家/RIGORD が取得し、その子孫のリゴール医師が1967年に相続し、リゴール夫人が1977年にラ・コマンドゥリー・ドゥ・ペラソルのワインを商品化。
そこに医師のフィリップ・オストリュイ氏 Philippe Austruy というワインの情熱家が現れます。オストリュイ氏は2001年、ラ・コマンドゥリーを取得。翌年から畑の改良、醸造技術の研究に注力し、2019年には権威ある仏ワイン専門誌から、ワインツーリスム部門のグランプリを受賞しました。
そして2022年、ついにオーガニックの認証を取得(これは本当に大変な努力と投資が要されるのです)、プラボー!
現代アート
さて、フィリップ・オストリュイ氏にはワインと同じように、もうひとつの情熱があるのです。
それは_現代アート。
オストリュイ氏は、850ヘクタールのラ・コマンドゥリーの敷地内にある森に彫刻をインスタレーションし、ワイン畑の真ん中にアートギャラリーを開設し、テロワールとアートの、まさしくフランセ/フレンチなアッサンブラージュ(組み合わせ)を展開します。
ダニエル・ビュラン Daniel Buren、ロバート・ラウシェンバーグ Robert Rauschenberg、ジャン・デュビュフェ Jean Dubuffet、アルノルド・ニューマン Arnold Newman、フランソワ=グザビエ・ラランヌ François-Xavier Lalanne、アレキサンダー・カルダー Alexander Calder、アントニ・タピエス Antoni Tàpies…
オストリュイ氏のプライベートコレクションに連なるアーティストリストを見ただけで、ペイラソルという場所に行ってみたいと思わずにはいられない。
冒頭に再度辿りつくまで情報量が多すぎますが、これでお分かりですね(と願う)、「テロワール&アート」の呟きが。
森やぶどう畑やオリーブ畑、ワインの醸造所やカーヴ、バスティード(プロヴァンス地方の館)、アロマの庭_こうした環境の中で見る現代アート。
ここで1シーズン、ぶどうの木を手入れしながら、アートとの対話を試みながら、テレワークしてみたいですね〜。
ベルトラン・ラヴィエとオストリュイの友情
さて、オストリュイ氏にはアートとワインの両面で15年以上続く友人がいます。その方とは、Bertrand Lavier ベルトラン・ラヴィエ氏。ラ・コマンドゥリーにはラヴィエ氏にコミットメントした作品が森や庭にインスタレーションされています。
このアーティストの作品は権威ある美術館やギャラリーで鑑賞できるわけで、実はこんなインスタレーションがあるとは知らなかった。
EN COULEUR
ベルトラン・ラヴィエ展
ペラソルは春にアートプログラムがスタートします。2024年はこのラヴィエ氏の個展。現代アートのアーティストの名前を並べろと言われたら、ラヴィエを避けることはできません。
日本では2018年にエスパス ルイ・ヴィトンで個展、東京国立近代美術館やその他世界の主要美術館にラヴィエの作品が所蔵されています。それではなぜ彼のアートはスゴイのか?
ラリヴィエの特徴すべき表現手段、まずは Recontextualization が挙げられます。この手法とは、アート作品やオブジェを本来の文脈から別の文脈に配置することで、様々な解釈を可能にしたり、社会や文化への価値観に疑問を投げかけるわけです。
例えば、あのマルセル・デュシャンは日用品を作品にしてしまい、アートと日常の境界線って何だろう、と考えさせてくれますよね。こうしたありふれたオブジェだけでなく、異なるメディを融合させたり、文化や歴史を象徴する画像などを使ったアプローチなども挙げられます。
そしてラヴィエは、アートとは関係ないオブジェに絵画とか彫刻とかのテクニックを応用し、オブジェそのものを変えしまったり、文脈の違うエレメントを繋げ既成概念をぶち壊しながら、工事現場のように新たな表現による創作を試みます。
カラーをテーマにしたこの個展では、エスパス ルイ・ヴィトンで展示された «La Bocca / Haier »(2005)、ピアノにペイントした «Steinway» (2019)など、ラヴィエアートの真髄を堪能できる1994年から2024年までのアイコニックな20作品が展示されています。
ここで初めて展示された«La Dauphine »ラ・ドフィーヌ(2024)は、ここの敷地の外れに放置されていた、いわゆる遺失物の車をエレクックブルーに塗装してラグジュアリースポーツカーへの変貌させた、ラヴィエアートの顕著たる作品。そしてもう一つの未発表作品は、«La Montagne Sainte-Victoire »ラ・モンターニュ サント=ヴィクトワール山(2004)。エクサンプロヴァンス生まれのポール・セザンヌが描いたこの山は、高速道路の交通標識にもなっているのですが、茶色一色のオリジナルプレートを塗り替え、観光的な看板に対するアイロニー的作品へと変えてしまった。
いつの日か、ラヴィエのこの作品が高速道路を飾ることを祈ります。
「フランスの醍醐味」は今回の現代アートから、ワイン&ガストロノミーへ続きます_
それではみなさん、アビアント A bientôt (またね)!
松井孝予
(今はなき)リクルート・フロムエー、雑誌Switchを経て渡仏。パリで学業に専念、2004年から繊研新聞社パリ通信員。ソムリエになった気分でフレンチ小料理に合うワインを選ぶのが日課。ジャックラッセルテリア(もちろん犬)の家族ライカ家と同居。