リール、とは_
Lille_ ベルギーとの国境に近いフランス北部に位置する美しい都市、リール。ガイドブック的に紹介するなら、「中世からフランドル地方の中心として栄え、その歴史的背景から旧市街地には17世紀のバロック建築が並び、現在でも繊維産業と貿易の重要な経済の拠点となっている。名門の高等教育が数多く存在し、またアート、音楽などの文化施設も充実。毎年9月に開催される欧州最大のフリーマーケット Braderie de Lille / ブラドリー・ドゥ・リール(リール蚤の市)は世界中からの観光客でキョーレツに賑わう」
そして、もし、人それぞれにリールを語るなら_
政治に関心のある人なら、おそらく一言で、「18代大統領シャルル・ド・ゴール Charles de Gaulle (1890ー1970)の生まれた都市」
文学の好きな人なら、「女性として初めてアカデミーフランセーズ会員に選ばれた作家マルグリット・ユルスナール Marguerite Yourcnar(1903ー1987)が幼少時代を過ごした場所」
甘いものがだーい好きな人なら、間違いなくコレで決まり!「1677年創業、ゴーフル(ワッフルとも言いますが、なんかピンとこないなあ)のMéert(メール、またはメールツ、どちらの発音もOK!)の歴史的建造物に指定されている美術館のような本店がある街」
ついでにネタを加えると、ド・ゴールの弱点はMéertのゴーフルだったのです。かのド・ゴールがここのゴーフルに目がなかったことは、知る人ぞ知る逸話。ネットで注文できなかったあの時代、リールまで車を走られせてゴーフルを買いに行かせていたそうです。
さてこの北フランスのリールに、アンリアレイジが月面着陸しました。
えっ? 何のことなのかわかりませんよね。リールは月じゃなくて地球にあるし。しかもパリ北駅からTGVでたった1時間で着いてしまう。列車の本数も多いからパリから通勤できなくもない。
リール駅から徒歩で3分の旧市街地にある現代アートの展示スペース「トリポスタル」で開催中の展覧会「テキスティムーヴ Textimoov!」に行けば、その謎が解ける。(「ああ、アレね!」とすでに分かっている方も多いはず…)
Futurotextiles とは_
Futurotextiles は、最新のテキスタイル技術と芸術の融合をテーマに、未来のライフスタイルを探求するユニークな展覧会。2006年に初めて開催されて以来、その名が徐々に広がり、今回で6回目を迎えました。
その会場となるTolipostal トリポスタルはとにかく広い。
6000平方メートルもの展示スペースを使い、フランス、特に北フランス地方、リール都市圏、そして隣国ベルギーの最新のテキスタイル技術と創造性がさまざまな形で紹介されます。
今回のテーマはTextimoov!
パリ2024オリンピック・パラリンピック開催に合わせ、「Textimoov! テクスティムーヴ!」と題した展覧会。ここではスポーツがいかにテキスタイルの革新を促進しているか、スポーツとイノベーションの密接な結びつきにフォーカスし、プロアスリートからアマチュアスポーツ選手まで、パフォーマンスを最適化し、快適性を向上させるための最新技術を3部構成で、一般に向けわかりやすく展示しています。
まずは「ストリートウェアとアーバンカルチャー」、続いて「スポーツとパフォーマンス」、そして最後に「宇宙探査と未来の生活」。
工業用プロトタイプや新素材とアート作品が対話するようなセノグラフィー(展示演出)で、スポーツや都市文化、そして宇宙探査といったテーマを通し、最新のテキスタイル技術がどのように社会に影響を与えるのかを考察していきます。
未来への旅&宇宙探査
同展の最後のテーマである「宇宙」では、SF的なシナリオの流れでテキスタイルのテクニックが描かれています。
「数十年後、地球の人口は約110億人に達すると予測されています。次世代はどのような生活を送るのでしょうか?現実と仮想が融合し、環境問題が日常生活の中心に据えられる未来が訪れます。また、月や火星にはすでにいくつかのコロニーが設立されているかもしれません」_ これがこのテーマのコンテキスト。
そこから科学的な解説が続きます。「現在、多くのミッションが月の居住可能性を研究し、火星への人間探査を準備しています。これらのミッションには、最先端の研究成果を取り入れた驚くべき技術が必要です。たとえば、3Dプリントされた一体成形の金属繊維は、柔軟で折りたたみ可能なシールドとして使用され、宇宙船を隕石から守り、断熱材としても機能します。これらの宇宙用テキスタイルは、反射性、受動的な熱管理、折りたたみ可能性、引張強度という4つの主要な機能を備えています。片面は光を反射し、もう一方は光を吸収して温度を制御します」
この「宇宙」の展示スペースには、フランス国立宇宙研究センター(CNES)の協力を得て、アリアン5ロケットの打ち上げ機や宇宙飛行士の宇宙服のレプリカ、また同展のために制作されたいくつかの作品、アンリ・ヴァンヘレンが3Dプリントで制作した孤独を表現した彫刻「Métaphraser la solitude」、パリ市主催のモードアワードでグランプリを受賞したデザイナーのクララ・ダガンによる「Space Trash」、イリス・ヴァン・ヘルペンとのコラボレーションで知られるアーティスト、ケーシー・カランの「The Explorateur」などが目を引くのですが、ダントツで関心を集めているのが、月面を舞台にインスタレーションされたアンリアレイジの2022-2023秋冬コレクション「Planet」、そして同展のフィナーレを飾る2023-2024秋冬コレクション「=」。
「Planet」は、1969年のニール・アームストロングの月面着陸からインスピレーションを得たコレクション。「宇宙で人類が活躍する未来のファッション表現の探求」がピュアに表現されている。発表当時は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)相模原キャンパスにある宇宙探査実験棟で撮影した動画が配信されましたが、ここリールでは月面着陸したコレクションが目の前にあります。同展では、コレクションにおける「宇宙服の機能性と詩的な美学を融合」を強調。
光の変化により色が変わるフォトクロミック技術を使用した「=」コレクション。真っ白な服がUVを浴び鮮やかな色や模様に変化する動的なファッション表現が、見学者たちに驚きと感動を与えています。同コレクションは、ヤーコプ・フォン・ユクスキュルの「環世界」(ユクスキュル/クリサート著『生物から見た世界』岩波文庫 青943-1)が着想源であることを加えておきますが、リールのこの場所でアンリアレイジの革新的なテクノロジーによる服作りのアプローチを、より多くの人たちに驚きをもって体験してほしい。
それでは次回、同展の「ストリート」&「スポーツ」編で。
Le Tripostal
22, Avenue Willy Brandt 59000 Lille
それではアビアント(またね)!
松井孝予
(今はなき)リクルート・フロムエー、雑誌Switchを経て渡仏。パリで学業に専念、2004年から繊研新聞社パリ通信員。ソムリエになった気分でフレンチ小料理に合うワインを選ぶのが日課。ジャックラッセルテリア(もちろん犬)の家族ライカ家と同居。