162cm、70kgーサイズインフレ(若月美奈)

2014/05/05 14:02 更新


身長162センチ、体重70キロ。

この数字を見たら、「そりゃ、ヤバいでしょ」というのが一般的な反応ではないか。実は、これは英国成人女性の平均身長・体重なのである。

 


デベナムスの婦人服売り場に立つフク子(左)。右は10号サイズのマネキン

 

もう1ヶ月ぐらい前になるだろうか。毎週1回、 デベナムス百貨店の婦人服売り場の角にあるカフェで仕事仲間と打ち合わせをしているのだが、その階のエスカレーター回りに飾られたマネキンの前で私たちの足が止まった。

 「このマネキン、すごく太ってない?」

「うん、ここプラスサイズ売り場じゃないよね」

 何体かあるの中で、ひと際太いそのマネキンが着ている服のサイズを見ると16号だった。英国のサイズ表示は8 、10、12、14、16といった偶数で記される。日本は奇数表示で7、9、11、13といった感じだが、その大きさはほぼ同じ。つまり、日本で9号サイズの人は8号か10号をブランドによって着分けている。英国の16号は、日本の15号か17号ということになる。

そんな会話をした数日後、新聞の記事、そしてそこにある写真に目が止まった。私たちが話題にしたものと同じ、デベナムスのマネキンが載っていたのだ。

「16号のマネキンが、肥満を普通と勘違いさせる」という政府の医療担当官のコメントをタイトルにしたその記事は、2013−14年国民健康リポートに関するものだった。そのリポートによると、英国の成人男女の3分の2、11歳から18歳までの子供の3分の1が太り過ぎだという。

冒頭で紹介した成人女性の162センチ、70キロ、そして男性の175センチ、84キロという平均値が、すでに肥満度の指標となるBMI値で男性27.43、女性26.67と肥満体となっているのだから、こんなことになってしまう。ちなみに、このサイズの女性の服は16号になる。

ところが、太り過ぎの男性の52パーセント、女性の30パーセントが、自分は適正体重だとみなしているというのである。それは恐ろしく危険。そして、その一因はファッション業界にあるというのが、サリー・デイビス医療担当官の主張だ。

まず、肥満体サイズのマネキンを店頭に置くことで、同じサイズの女性が自分は普通であると勘違いしてしまう。そして、もう1つが「サイズインフレ」である。これは、同じ号数の服のサイズが、年々大きくなっているということ。

実際の寸法はメーカーによってまちまちだが、10号婦人服の一般的なスリーサイズを比較すると、1960年代は79、61、84だったのだが、1980年代には84、64、89、そして2010年代は86、69、94となるそうだ。10号でこのサイズということは、16号はいったいどれだけ大きいものか・・・。ちなみに、身長は半世紀で1インチ(2.54センチ)伸びた。

 それにしても、世の中そんなに肥満体が溢れているのだろうか。そう思ってロンドンの中心街、オックスフォードストリートでストリートウォッチをしてみた。

いるわいるわ、ぽっちゃりさん。白人だけでなく、黒人やアジア人も想像していた以上に大きい。日本人の目か見たら、10人中7、8人は太めといっても大げさではない現状に愕然とした。つまり、本人たちだけでなく、客観視する立場の人々も、太めに慣れてしまってそれに気づかないのである。こりゃ本当にヤバい!

 


若者は女子の方が太めが目立つ。その多さには驚かされる

 

ゼロサイズ問題がファッション界をバッシングして久しい。ファッションショーや雑誌に、アメリカの0号、つまり英国の4号のモデルたちが登場するため、若い女性に拒食症が増えているというもの。随分騒がれたと思うと、一時鎮静化し、再び話題にといった具合にもう10年ぐらい続いている。

そうした中、一部のデザイナーブランドは、太めのモデルを登場させるといったこともしたが、それはある意味話題作り的なもので、ショーのモデルは依然細い。しかし、デベナムスのような大衆百貨店やマークス&スペンサーのようなチェーンストアは、「リアルウーマン」を合い言葉に、太めのキャンペーンモデルやマネキンを使用するようになった。

もちろん、リアルというのはいろいろありということで、細め、小さめ、年配のモデルなども一緒に見せている。もっとも、以前は太め代表のマネキンは14号だったが、昨年末あたりから16号が登場するようになったらしい。

そうして現実を踏まえ、拒食症対策にも積極的に取り組んだのだが、今度は大きめのマネキンが国民の健康を害しているとお叱りを受けることになってしまった。いったいどうすればいいというのだろうか。悪者はいつもファッション業界ってこと?

もちろん食品業界にもその罪はあり、炭酸飲料の糖分が高いということで、政府は「砂糖税」のようなものの導入も必要か、などと言い出した。極端な肥満体の人を取り上げるため、そこまでいかない太めの人が自分は大丈夫だと勘違いしてしまう肥満に関するテレビ番組も悪者として指摘された。

日本でも、ぽっちゃり女子のための雑誌が創刊されるなど、太めが市民権を得て、プラスなイメージも広がっているようだが、その先にはこのようなしっぺ返しが待ち受けているかもしれない。

 ちなみに、デベナムスの16号マネキンは、ただ太いというのではなく、首の後ろから背中にかけてのラインが、なんともリアル。髪の毛のないのっぺらな顔だが、どうにもショートヘアのおばさんを思わせる。かわいらしいぽっちゃり女子「ぷに子」とは別物、というわけで「フク子」と名付けた。ふくよかのフクだが、それ以上におばさんらしいその響きがこのマネキンにぴったりだと思っている。マシュマロではなく、大福。

犯人扱いされたニュースが流れた後も、フク子はしっかりエスカレーター前の特等席で新作を身につけている。先週は、ファッションチェーンのウォーリスの鮮やかなマーブルプリントのブラウスを着ていた。こっそりサイズをみると14号。「ゆったりとしたデザインなので、違和感がないなあ」と思いながら、カフェの入り口へ行くと、その前にあるウォーリスのコーナーには全く同じブラウスを着た10号サイズのマネキンが立っていた。

うーん、やっぱり同じデザインでもイメージが全然違う。流れるようなドレーブがなんだかとってもお洒落。でも、ひとはひと。フク子はフク子らしい着こなしで、独自のスタイルを謳歌している。



あっと気がつけば、ロンドン在住が人生の半分を超してしまった。もっとも、まだ知らなかった昔ながらの英国、突如登場した新しい英国との出会いに、驚きや共感、失望を繰り返す日々は20ウン年前の来英時と変らない。そんな新米気分の発見をランダムに紹介します。繊研新聞ロンドン通信員



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