セントマーチン? それともロンドン・カレッジ・オブ・ファッション?
ロンドンでファッションデザインを学ぶというと、このどちらかの大学が有名。日本からの留学生も、たいていこの2校に在籍している。でも、実はロンドンには他にもいくつかファッションデザイン専攻コースがある大学があり、中でも目が話せないのがウエストミンスター大学である。
ウエストミンスター大学の卒業コレクションのパンフレット
6月は卒業の季節。5月末から、各大学のファッションデザイン専攻生たちの卒業ショーが相次ぎ開催される。セントラル・セントマーチン美術大学(CSM)、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション(LCF)、ミドルセックス大学、大学院にあたるロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)・・・。5月31日からは4日間にわたり、英国全土、さらには海外から参加する大学の卒業ショーを一つ屋根の下でみせるグラデュエート・ファッション・ウイークもはじまる。
その卒業シーズンに、毎年先頭をきってショーを行うのがウエストミンスター大学なのだが、この大学、実は今話題の著名デザイナーを何人も輩出している。
まずは、バーバリーのクリストファー・ベイリー。チーフ・クリエーティブ・オフィサー(CCO)というあまりなじみのない肩書きでデザイナーを務めていたかと思ったら、5月1日にチーフ・エグゼクティブ・オフィサー(最高経営責任者、CEO)に就任し、21日にははじめての決算報告を行った時の人である。
「え? クリストファーって、RCA卒じゃないの?」。確かに、最終学歴は修士課程を学んだRCAだが、その前にウエストミンスター大学を卒業しているのである。そして、その卒業コレクションは、記念すべき第1回グラデュエート・ファッション・ウイークで大賞を射止めた。
アクセサリーデザイナーとして長年活躍し、マーク・バイ・マーク・ジェイコブスのクリエーティブ・ディレクターを務めるケイティ・ヒリアー、ロエベからコーチに移籍して話題のスチュアート・ヴィヴァースもこの大学の卒業生。
アクアスキュータム、バリーを経て今年2月、ダイアン・フォン・ファステンバーグのアーティスティック・ディレクターに就任したマイケル・ハーツもそう。一方、若手ではロンドン・コレクションの気になる新人、アシュレイ・ウィリアムスとクレア・バローがいる。
そして長年、この大学のファッションデザイン科の主任教授を務めているのは、アンドリュー・グローブス。この名前に聞き覚えのある人はかなりのロンドン通、あるいはコレクション報道のキャリアが長い編集者だろうか。
アンドリューは故アレキサンダー・マックイーンのデビュー当時の元カレで、その後自らの名前を冠したブランドでロンドン・コレクションにデビューしている。グロテスクなまでに大胆なアイデアを盛り込んだコレクションは話題をよんだが、4シーズンで終了。その後姿を消してしまったと思っていたら、ここで先生をしていたのである。
そんなウエストミンスター大学ファッションデザインコースだが、日本ではほとんど知られていない。これまで、日本人留学生がいた記憶もない。
今世紀に入ってからのCSMやLCFの国際化はものすごい勢いで進み、大半が外国人留学生でしめられ、卒業ショーのランニングオーダーに英国人の名前は本当に少なくなった。中国人や韓国人、北欧出身の学生ぐらいはなんとか読めるが、最近は全くどこの国だか見当もつかない発音不可能な名前がずらりと並んでいる。
それに比べ、ウエストミンスター大学のランニングオーダーはすいすい読める。大半が英国人で少数派の留学生もヨーロッパ出身者がほとんどなのである。そう、今さっき紹介した卒業生のデザイナーたちも皆、英国人である。
卒業コレクションは自らのアイデンティティーを最大限にアピールする場とあって、たとえ英国らしさをテーマにしても、そこには母国のカルチャーが見え隠れする。それはそれで面白い。しかし一方で、ウエストミンスター大学のように、ストレートに英国らしさが伝わってくるショーは、今となっては逆に新鮮だ。どことなくクラシックでシニカル、パンクでユーモアのあるクリエーション。
さて、前置きが長くなったが、今年のウエストミンスター大学ファッションデザインコースの卒業生は32人で、その半数の16人がショーを見せた。うちレディスが10人、メンズ6人。昨年に引き続きボリュームが強調され、コートやスカートの丈は長くフルレングスが中心。というとドレッシーなのかと思うが、かなりはじけている。ジオメトリックな柄やフォルム、ビビッドな色、リサイクル、和風の隠し味といったキーワードが浮かぶ。
こんな感じ・・・
左からヴァレスカ・コラードさん、フロ・ヒューズさん、ジョージナ・アトキンソンさんの作品
左からアレキサンダー・ムートさん、レーチェル・ジェームスさん、アダム・マーク・ジェームスさんの作品
全員のビデオや写真はこちらの大学のサイトで。
ちなみに、2、3年前はもっとストリート色が強く、メンズは今ロンドンの注目新進デザイナーたちの主流となっているラグジュアリーストリートモード、レディスはロリータやアニメチックな流れにあった。
それに比べると、今年はモード色が強いようだ。まあ、あまり難しいことを考えず、純粋に楽しいショーだった。毎年、「あー、面白かった」と気持ちよく会場を後にすることができるのが、この大学のショーの魅力である。
でも、数ある大学のファッションデザインコースの中で、彼らはなぜウエストミンスターを選んだのだろう。ショーに続いてもうじき、ポートフォリオを見せる展覧会が開催される。卒業生たちも終日会場にいるので、みんなに聞いてみよう。
あっと気がつけば、ロンドン在住が人生の半分を超してしまった。もっとも、まだ知らなかった昔ながらの英国、突如登場した新しい英国との出会いに、驚きや共感、失望を繰り返す日々は20ウン年前の来英時と変らない。そんな新米気分の発見をランダムに紹介します。繊研新聞ロンドン通信員