ヴィクトリア&アルバート博物館で始まった「マリー・クヮント」展のプレス内覧会に行って来た。マリー・クヮントといえば、ミニスカートを考案し、60年代のスウィンギング・ロンドンを牽引したデザイナー。今回の展覧会は1955年から1975年に焦点を当てたもので、初めての本格的な回顧展である。2020年2月16日までの長期開催。
でも、どうして今? ちょっと外してない?
そう思う業界関係者は多いのではないだろうか。だって、今現在トレンドのベクトルは80年代へと向いていて、幾度となく繰り返し登場する60年代スタイルは小休止といったところだから。
もっとも、この規模の展覧会の企画は2年以上前からスタートするので、そんなこともあるのだろう。そんな思いで会場を訪れたのだが、結論からすると、今こそ見る価値があると思える内容だった。とりわけ、アパレル業界人にとって。
さて、それでは早足で展覧会の紹介を。
会場に入るとまず最初に、クヮント本人が1966年にエリザベス女王から大英帝国第4等勲章を受勲するためにバッキングガム宮殿に出向いた時に着ていたクリーム色のワンピースが展示されている。ローウエスト切り替えのミニ丈のドレスは胸元にジッパーがついたカジュアルなデザイン。さらにはジャージー素材というのに驚かされる。なにせ、女王にお目にかかるための服なのだから。
会場は2フロアに分かれ、最初のフロアは1955年にキングスロードにオープンした店「バザー」やそこで売られていた服の紹介に始まり、瞬く間にブレークしてJCペニーと組んでアメリカに進出する様子、大量生産・大量消費の時代の幕開けを背景に、ヴィダル・サスーンらとともに60年代スウィンギング・ロンドンを牽引したクリエイションが服や写真、映像とともに紹介されている。
マリー・クヮントといえばミニスカート、そしてホットパンツ。その若々しくガーリーかつボーイッシュなスタイルがあまりにも有名なので他のクリエイションが語られることは少ないが、メンズテーラードや軍服などの素材を採用したリラックスしたレディスウエアもシグネチャーの1つだ。
ヴィダル・サスーンがクヮントの前髪をカットしている写真とともにその時に着ていた服が展示されているが、それもメンズのカントリーウエアに使用されるウールのタッターソールチェック地のボディーにニットの襟と袖がついたワンピースである。
上階はテーマごとの展示となり、ボーイッシュなスタイル、ジャージードレスなどに加え、専業メーカーと組んだPVCのレインコート、下着、ホームソーイングや編み物の型紙、カラータイツ、コスメなどが揃う。キュレーターのスピーチの中で「マリー・クヮントはロンドンファッション界初のインターナショナルライフスタイルブランドです」という言葉が印象的だったが、アパレルに留まらずインテリアから文房具まで様々な業界のメーカーと組んでクリエイションの世界を広げていった。
デイジー人形も今回の展示で目を引くクリエイションの1つ。マリー・クヮントのロゴマークになっているデイジーの花から命名されたその人形があちらこちらに登場し、クヮントがデザインした様々な服をまとっている。
そしてもう1つの見せ場は、上階の中央に設置された円形画面に映し出された、クヮントの服を着た人々の写真とコメントである。
ヴィクトリア&アルバート博物館は昨年6月、マリー・クヮントの服を所有する人々への提供を新聞などを通じて全国に呼びかけた。そうして1000人以上から情報が寄せられ、うち30人から35着を入手して展示した。同時にクヮントの服を着た女性たちの写真50枚を選び、それを紹介しているというわけだ。
写真の映写に加え、その服にまつわるエピソードも記されているが、ウェディングにクヮントの服を着た女性など、フォーマルな場でも愛用されていた様子がうかがわれる。
同博物館では現在、ディオールの展覧会「クリスチャン・ディオール:デザイナー・オブ・ドリームズ」も開催されている。世界を巡回しているものだが、そこに英国に関係のある新たな作品を加えたこの展覧会は、前売りチケットは完売で、毎朝当日チケットを求める人々の行列ができる盛況ぶりだ。
その大規模なディオール展に比べれば、常設ファッションコーナー内でのマリー・クヮント展はこじんまりとしているが、業界関係者にとってはディオール展以上に意義ある展覧会かもしれない。
天才デザイナーの気が遠くなるような手作業による美しいドレスの数々が並ぶディオール展は一点一点を舐めるように見たい展覧会の王道。一方、クヮント展に飾られた服は、言ってみれば量産された廉価商品なのだが、そこには遊園地のような楽しさがある。
この展覧会はマリー・クヮントが生み出した「現象」の紹介であり、それは現在のデザイナーアパレルの出発点。エモーションに満ちたその「原点」は、低迷の波に押されて袋小路に入ってしまったかのような現在のデザイナーアパレル業界に何らかのヒントを与えてくれるように思えてならない。
あっと気がつけば、ロンドン在住が人生の半分を超してしまった。もっとも、まだ知らなかった昔ながらの英国、突如登場した新しい英国との出会いに、驚きや共感、失望を繰り返す日々は20ウン年前の来英時と変らない。そんな新米気分の発見をランダムに紹介します。繊研新聞ロンドン通信員