クリママスショッピングも大詰めに入ったロンドンの街には、例年になく静かなファストファッション系の店をよそに、百貨店にはプレゼントを買い求める人々が溢れている。
クリスマスには、家族や大切な人にだけでなく、職場の同僚や友人同士でプレゼントを贈り合う。さらには、お世話になった人々へのお歳暮、子供達へのお年玉という日本で年末年始に動くようなお金も全て、クリスマスプレゼントというモノで消費される。
年間売り上げの相当の割合がこの時期によるものとあって、どこの百貨店もキャンペーンには大量の予算をつぎ込む。そして、その中心となるクリスマスコマーシャル映像はまるで短編映画のよう。店の個性はもちろん、時世を映し出していて面白い。
そこで、今年の必見キャンペーン映像を紹介。
まずはファッションといえばここ、というセルフリッジ。今年のテーマは「フューチャーファンタジー」でオックスフォードストリート本店のショーウインドウは、ブルーとシルバーを基調としたファンタジックなデコレーションに包まれている。
クリスマスはいつの時代もファンタジー溢れるもの。その「ファンタジー」という言葉を取り入れる直球なテーマにはある意味驚かされるが、人々は今こそファンタジーを求めているのだと、改めて思う。特に、ファッションに。
こちらが「Future Fantasy - A Christmas for Modern Times」というタイトルのキャンペーン映像。
あれ、見たことがある人たちがいっぱい。ファッションやメディア業界に携わる方は、見覚えのある出演者に思わずニッコリといったところだろうか。
例えば、この左手中央の人。
そう、ディオールのメンズアーティスティックディレクターのキム・ジョーンズ。その手前にはデイズドメディアのジェファーソン・ハックもいる。他にもファッションプロがいっぱい。日本のモデルも3人いる。
セルフリッジのサイトの映像紹介ページでは、主人公を務める女優のノオミ・ラパスとミュージシャンのミゲルをはじめ、出演者が着ている服やアクセサリーのネット販売も行なっている。
12月1日には、この映像のパーティーが開かれた。出演者をはじめとする関係者やジャーナリストなどを集めたちょっとした忘年会といった感じのクリスマスドリンクだったのだが、その会場名を見て、ほかの予定を変更して駆けつけた。
その場所は、セルフリッジシネマ。
大掛かりな改装と増床工事を行い、最近では、店舗とは別の専用エントランスから入る本格的なレストランをオープンしたセルフリッジだが、次なる試みは11月末にオープンした映画館というわけ。これまでもイベントスペースで期間限定の映画館を設けたことはあったが、本格的な常設映画館は、世界の百貨店でも初めてのことだという。
印象は、なんとも大人の映画館。
スクリーンは2つ。赤い部屋と黒い部屋というそれぞれのキャラクターがあり、59席と70席と席数は多くないが、横広の部屋に大きなスクリーンがある。ゆったりとした座席にはドリンクを置くテーブルがついている。
バーでお酒を楽しみ、そのまま映画へ、といった趣向だ。チケットは20ポンドと通常の映画館よりほんの少しだけ高めだが、納得のラグジュアリー感である。
さて、クリスマス映像に話を戻そう。
今年のファンタジー大賞はジョン・ルイスに捧げたい。50店舗を構える英国を代表する百貨店チェーンのジョン・ルイスと、336店舗を構える傘下のスーパーマーケット、ウエイトローズが初めて共同でキャンペーン映像を作ったというそのタイトルは「Excitable Edgar」。直訳すれば「興奮しやすいエドガー」。
エドガーとは主人公である緑色のドラゴンの名前だ。
舞台は昔の小さな村で、興奮すると思わず口や耳から火を吹き出し、雪だるまやアイススケートの氷を溶かしてしまったり、広場に飾ったばかりのクリスマスツリーを焦がしてしまうという失敗続きのエドガーは、村人たちのひんしゅくを買い、いじけてしまう。
そこで、友人の少女エヴァが汚名挽回の手助けをする。
村人たちがクリスマスディナーのテーブルを囲んでいる場にエドガーを連れて行き、皆が慌ててテーブルの下に隠れようとすると、エドガーは手に持っているクリスマスプディングに火をつけ、拍手喝采を浴びるというもの。
クリスマスプディングは、ブランデーをかけて火をつけて青い炎で包み、火が消えたら食べるイギリスのクリスマスケーキ。このコマーシャル映像がテレビや映画館で流れると同時に、ジョン・ルイスではエドガーのキャラクターの子供用パジャマや長靴などを、ウエイトローズでは、チョコレートやビスケットなどの食料品を売り出した。そしてもちろん、クリスマスプディングは両方のチェーンで。
もっともその他に、両方の店舗で売り出し、1週間以内に完売というバカ売れした商品がある。
エドガーのぬいぐるみだ。15ポンドという2000円程度のぬいぐるみが、百貨店だけでなく、スーパーマーケットのレジ周りに山積みされたのだが、早い店では3日間、オンラインを含む他の店でも1週間以内に完売した。
実は、我が家でもウエイトローズに並んだエドガーを見て、「あ、エドガーだ。買おうか」と話していた矢先になくなってしまった。
顔見知りのレジの年配女性は、「私も持っているのよ。早く買ってよかった」と得意げ。彼女によると、200万個生産したそうで、増産はしないそう。総額いくらの売り上げになったかはご計算ください。
この女性もそうだが、エドガーは子供はもちろん、大人の心をつかんだようだ。ジョン・ルイス本店の子供服売り場にはコーナーができ、エドガーの人形がいるのだが、楽しそうにツーショットを撮っているのは年配者ばかり。レジには、子供というよりも孫のクリスマスプレゼント用にエドガーグッズを手にする人々が目についた。
それにしても、いよいよクリスマスショッピングが始まるという11月末のブラックフライデーセールの時期にはすでに売り切れというのは、嬉しいような悲しい誤算。この機会損失は痛い!
ファンタジックなこの映像は、何回見ても幸せな気分になる。
ちなみに、昨年のジョン・ルイスのクリスマスキャンペーン映像はエルトン・ジョンが主演と、これも話題を呼んだ。
こちらがその映像。
クリスマスプレゼントが昨年のピアノから、今年はクリスマスプティングに。なんだかこれも、この1年で加速した人々のモノ離れを反映しているかのようだ。
あっと気がつけば、ロンドン在住が人生の半分を超してしまった。もっとも、まだ知らなかった昔ながらの英国、突如登場した新しい英国との出会いに、驚きや共感、失望を繰り返す日々は20ウン年前の来英時と変らない。そんな新米気分の発見をランダムに紹介します。繊研新聞ロンドン通信員