卒業の季節がやってきた。コロナ規制も撤廃され、客数の制限もないショーができるようになったロンドンでは、3年ぶりに従来通りの卒業ショーが復活する。6月11日から開催されるロンドン・コレクションには、ウエストミンスター大学、レイベンズボーン大学、イーストロンドン大学のショーがスケジュールに組み込まれている。その後、20日から4日間に渡って開催されるグラデュエート・ファッション・ウィークでは15校がショーをする。
それに先駆け5月末、セントラル・セントマーチン美術大学のBA(学士課程)ショーが開催された。校内のホールに設置された2階建てのステージで、115人の卒業生が1人3着ずつ作品を披露。50分間に渡って、延々とモデルが登場した。
もっとも、いつもながら全く飽きることはない。従来は学内選考で選ばれた40人ほどが1人6着見せていたが、今回の着数を絞った全員参加の方式は、学生にとっても見る側にとっても公平かつ見応えのある充実したショーとなった。
2年間デジタルで授業を受けるという前例のない時代の卒業生とあって、どんな作品が登場するのかと思っていたが、例年通りアート作品のような手の込んだ服のオンパレード。立体的なシルエットを追求した服が多いせいか、幾分シャープで軽くなった印象を受ける。ヒストリカルな要素や妊娠・出産、ダイバーシティー(多様性)など社会的な背景を映し出したコレクションもある。大賞にあたるロレアル・プロフェッショナル・ヤング・タレント賞を射止めたアリス・モレル・エヴァンスさんの作品もそうだが、ニットの秀作も目を引いた。
そうした中、話題を呼んだのは3人のモデル全員に大きなQRコードがついた四角い箱を着せて登場させたクリスティ・ラウさん。インスタグラムのフィルターを通してコレクションが見れるというもの。せっかくのフィジカルのショーに登場させるのはQRコードだけ?と思うが、フィジカルだからこそ、その場でスマホをかざせるのかもしれない。
そんな卒業ショーだが、1番の話題は歌手のマドンナが来場したこと。シンガーソングライターのFKAツイッグスと一緒に、ほぼ皆が席に着いた頃に入ってきた彼女は、実は私の目の前を通ったのだがマドンナだとは気付かなかった。でも、はっきりと覚えている。というのも、スタッズのついた黒いジャケットにスピーカー型のバッグ、そして「今どきこんな靴履いているんだ、いや今またこの靴なのだろうか」と、真っ先に目に入ったもっこりとしたプラットフォームシューズがあまりにも印象的だったから。
3、4人の記録フォトグラファーだけで、パパラッチもいない。席についても騒ぎ立てられることもなく、後ほどインスタでそれがマドンナであることがわかったという次第である。私だけでなく、そこにいた多くの人がそうだった。なぜマドンナが来場したのかというと、息子のロッコ・リッチーくんが同大学でファインアートを学んでいるかららしい。在校生のお母さんというわけだ。
ロンドンの主要ジャーナリストやスタイリスト、卒業生のデザイナー、毎回姿を見せるアーティストのグレイソン・ペリー(映像の右前に写っているオレンジのタイツの女装の男性)などこのショーの常連も3年ぶりに集結。お互い会話を弾ませ、ショーはコミュニティーであることを実感。皆で業界の卵たちの旅立ちを祝福する、そんなハッピーなムードに包まれた。
個人的には、以前繊研新聞のロンドン・コレクションやメンズコレクションの写真を撮影していたクリス・ムーア氏に3年ぶりに会えたのが嬉しかった。少し前に引退して田舎暮らしをしている彼だが、このショーの記録写真を撮影しにロンドンに出てきた。現在88歳。
あっと気がつけば、ロンドン在住が人生の半分を超してしまった。もっとも、まだ知らなかった昔ながらの英国、突如登場した新しい英国との出会いに、驚きや共感、失望を繰り返す日々は30ウン年前の来英時と変らない。そんな新米気分の発見をランダムに紹介します。繊研新聞ロンドン通信員