【パーソン】ロンシャン・ジャパン社長 竹原誠さん ブランドを“正しく”伝える
ロンシャン・ジャパンはこの間、2ケタ成長を続けている。ブランド全体でも「世界で二番目の市場」で、アジアビジネスの成長エンジンとしても期待が大きい。そうした中、18年に就任した。「ロンシャン」は、18年からイメージ戦略を強化しており、まさに変革の時。「今年は挑戦の年にする」と攻勢的な姿勢も示しつつ、70年の歴史で築いてきた価値にもう一度焦点を当て、それを日本の消費者に〝正しく〟伝え、ブランドの存在意義を明確にする。
発信の場として店舗に投資
――就任から今を振り返って。
まず、グローバルな動きとして、私が就任した18年はブランドが創業70周年を迎え、メーカーからリテールを軸にしたビジネスに転換していこうという時でした。そこで、本国が大きく投資したのが三つ。世界共通のコンセプトによる旗艦店の出店、「LGPロゴ」シリーズなどミレニアル世代も意識した商品開発、デジタルコミュニケーションの強化です。
そのようなグローバル戦略のもと、就任時に掲げた目標が、ブランド訴求と革製品の販促強化です。その二つを達成するためには商品だけをやっていても仕方がないし、ブランドを360度で見せていかないとと考えました。そこで取り組んだのが、店舗への投資、VMDの改善、販売スキルの向上、マーケティング戦略の見直しでした。
これだけの取り組みを2年弱の短期間で成し得るには、まず資金と人材が必要です。資金面は、本国が日本市場を非常に大切に考えてくれたため、大きな支援を得られました。日本はアジアでは一番の売り上げ規模で、世界的にも二番目に大きな市場です。今後のアジア戦略のためにも日本への投資が重要と。人材面では、分野ごとのエキスパートを採用し、新たなジャパンチームを組織し、マーケティング部門も確立しました。
――これまでの到達は。
一番大きかったのは、昨年7月、銀座5丁目に旗艦店を開いたことです。以前から、銀座への思い入れは強くありました。世界の商業の一等地、例えば、パリだったらシャンゼリゼ大通りとサントノーレ、ニューヨークはフィフスアベニューへの出店を進める中、日本だったら銀座だよねとの思いがありました。これまでは面積の問題などでかなわなかったのですが、今回、諸条件が整ったので実現できました。立地に恵まれ、新たな店装も好評です。国内の旗艦店は、17年9月に表参道にも開きました。
百貨店を中心とした既存店のリフレッシュも館と交渉しながら段階的に進めています。就任以降、18年から19年にかけて店装をリフレッシュした店は、軒並み2ケタ増と売り上げを伸ばしていて実績もついています。
リテールビジネスを推進していく上でアウトレットにも注力しています。着任時にはすでに4店あり、どの店舗も悪くなかったのですが、店装の意匠を凝らすよりも、商品在庫を消化する店になっている印象でした。今は購買チャネルが多様化していて、場所場所で来店するお客様も異なり、どのお客様にもロンシャンを正しく体感してもらいたいとの思いがありました。
そうした中で、昨年5月、御殿場プレミアムアウトレットに5店目を出店しました。グローバルでも新たな試みとしてやったのが、店内の色目や什器をプロパーの店と統一させたことです。やはり、入店した時にセールの雰囲気だとまずいと思ったのです。表参道店や銀座店に行っても違和感ない店舗で、ブランドを正しく伝えましょうとの思いを込めました。
――販売スキル向上の取り組みは。
昨年から、グローバルで推進しているEラーニングをジャパン社でも本格的に導入しました。本社社員も含め、全社員が受講しています。モバイルで24時間受けられ、ビジュアルも豊富に選択式のゲーム感覚で学べるものです。ブランドの歴史や商品知識に加え、素材の知識や手入れ方法、タンナーの情報といったメーカーならではのノウハウを身に着けられます。こういったツールを利用しながら、ブランド理解を深め、お客様にロンシャンってどんなブランドなのかを伝えられる体制を作っていきたいですね。
原点を再解釈して次世代へ
――実際の成果は。
Eラーニングで得た知識が、現場に浸透するのにはまだ時間がかかりそうです。Eラーニングは、社員の企業ロイヤルティーを高めるためにも効果的と見ています。ラグジュアリーブランドで働く動機は様々ですが、なぜロンシャンかと言った時に、うちだからこそ得られる知識が提供できているか、知識欲や成長意欲をいかに満たせているかが問われると思います。ロンシャンの看板の下で働く社員がロンシャンという企業を深く理解し、心から愛着を持たなければ、ブランドの本当の価値は上がってきませんし、お客様にも本質は伝わりません。
――純粋な気持ちだけでは難しい。
バッグは既製服と違って、買う人でもシーズンに1個か2個、買い替えやオケージョン需要も頻繁にないので顧客化が非常に難しいです。機能性やファッション性どちらかだけでも弱くて、今、どのブランドも機能は似たり寄ったりですし、商品=ブランド名といった方程式が消費者にある以上、商品軸で付加価値を説明することも求められています。
加えて、今のビジネスが難しいのは、情報の真偽は別に、知りたいことはネットで調べられる環境があることです。お客様は少なからず情報を収集して来店されるので、販売員のブランドが好きな気持ちの一点張りでは納得してもらえないでしょう。
――ロンシャンの価値とは。
フランスではロンシャン=〝レディフレンチ〟と認知されていて、国民的なブランドなのです。フランス人が非常に好きな商品で、俗にいうフランスのエスプリです。オケージョンを選ばず、一点豪華主義のシンプルなスタイルにもなじむと、フランス人に広く愛されているのが一つの価値だと感じます。そういったデジタル上では知り得ないことを、日本のお客様に伝えるのも重要と考えています。
――今年の展望は。
今年、ナイロンバッグ「ル・プリアージュ」とともに親しまれている革バッグ「ロゾ」をリローンチします。ロゾの象徴的なバンブーのトッグルや持ち手を大きくしたのが特徴です。
今、リローンチする根底には、フランスの自社工場で革の選定から生産まで行っているポリシーがあります。ロンシャンは高級革巻きパイプが原点なので、革製品のブランドということをお客様に再認識してもらえればうれしいです。ル・プリアージュも今年、人気のカスタマイズサービスを進化させます。
他には、LGPロゴシリーズも反響が良く、今後も期待できます。昨年、表参道でプロモーションイベントを企画し、インフルエンサーも取り込めました。往年の顧客やご年配のお客様からの反応も良いです。強化しているメンズは、男性認知が低いのが課題ですが、可能性はあると見ています。
――様々な挑戦の年になるが、それらを達成するには。
今、実行しているのがオムニチャネル戦略の推進です。ECとリアルをシームレスにし、どんなお客様に、どんな接客ができるか、商品を購入するポイントを店頭での厳しい意見も踏まえながら検証する作業を、ワークショップ形式でしています。
ビジネス以外の副産物は、会社が同じ目的に向かっていけることです。得てして、ファッションビジネスはMDとか、マーケティングとか部門ごとに思いがあるので、方向性がばらばらになりがちですが、オムニチャネルの構築が、会社の結束力を高める一つのきっかけになると期待しています。
――組織作りで大切なことは。
一日の大事な時間を仕事に割くわけですから、ロンシャンで働く意義って何なの、ということを社内でブレストする機会を設けています。それと、社員に言っているのは「情報を共有する癖をつける」こと。我々はフランス企業の命を受けたジャパンチームで、70年の歴史を守っていく責任がありますので、失敗やトラブルも事前に言ってもらいたいと思っています。中には気を遣うな、ということも良く社員に言っています。仕事が詰まった時に愚痴をこぼせる信頼関係を築いていきたいと思っています。
■ロンシャン・ジャパン
ロンシャンは48年、フランス・パリでジャン・キャスグランが創業した。世界初の高級革巻きパイプに端を発する。93年に発売した二つのレディスバッグ、折り紙から着想したナイロン製の「ル・プリアージュ」、バンブーのトッグルがアイコニックな革製の「ロゾ」が代表的な商品。現在はクリエティブディレクターをソフィ・ドゥラフォンテーヌが務め、既製服、レディスとメンズ向けのバッグ、アクセサリー、シューズ、アイウェア、トラベル用品を毎シーズン、発表している。現在、世界80カ国に300以上の直営店を出店する。日本では55年に販売を始め、82年にロンシャン・ジャパンを設立。旗艦店を17年9月に表参道、19年7月に銀座に開き、この2店舗を含めて国内に52の店舗を出店する(19年12月現在)。
《記者メモ》
「企業を深く理解すること」は言葉ほど容易ではない。企業のあらゆることを知り、その真意は何かと頭で考えながら多角的に探り、本質を捉えて本当に理解できたと言える。
最後に人を動かすのはエモーショナルな部分で、それはやはり、自ら知って理解を深める努力に尽きる。取材では「企業のロイヤルティーも高めたい」との話があった。「ブランドが好き」から一歩先に行くこと。能動的に考えたり、学んだりする機会を社員に与え、ブランドのプロフェッショナルとして働く意義を問う。誇りが愛着心を育み、それが企業の大きな原動力となる。竹原社長が伝えたかったのはそういうことだったのかもと改めて考える。
竹原社長も、同席した社員も一貫して謙虚だが、内側から自然と自信があふれ、ポジティブな雰囲気。「それなりの苦労もあります」と言うが、終始朗らかな表情には、それもひっくるめて心から仕事を楽しもうという信念が垣間見られ、心に焼き付いている。
(関麻生衣)
(繊研新聞本紙20年1月10日付)