繊維・アパレル業界は、成長領域と見られているウェアラブル市場で存在感を発揮していけるだろうか。この間、繊維メーカーによるセンシング技術が、いよいよ衣服型のウェアラブル端末〝スマートウェア〟として実用化され、主にヘルスケア分野で商用化フェーズに突入した。糸や生地、衣服というモノを作って売ってきた業界が、デジタル技術の力を得てデータから価値を生み出す事業に乗り出すことになる。
(本社編集部素材・商社担当=小堀真嗣)
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■ラストワンマイル
「IT(情報技術)大手にとって、生体情報はラストワンマイル」。こう話すのは、ウェアラブル製品・サービスの開発で先行するミツフジの三寺歩社長。IT大手はこれまで検索サービスや購買履歴などを通じ、個人の思考・行動パターンから最適な情報を提供してきた。今度は健康状態を含むもっとパーソナルな個人情報の取得にまで踏み込み、サービスの領域を拡張しようとしている。
アップルは「アップルウォッチ」をベースにバイタルセンシング、モーションセンシングができると考えられる特許技術を複数保有。心電や筋電のような生体情報の取得を狙ったセンシング技術を商品・サービスの開発に生かすものと見られている。米グーグルを傘下に持つアルファベットは昨年11月、フィットビットを買収。約2800万人と言われるアクティブユーザーの心拍や睡眠などの情報を得た。
こうした巨大企業の動向も含め、医療やヘルスケア用途にも通用するほどの生体情報の取得技術に目が向けられている。
生体情報をより正確に取得できる技術が今、日本の繊維・アパレル業界にある。三寺社長は「ウェアラブルは日本が圧倒的に先へ進んでいて、世界で戦える数少ない領域」とビジネスチャンスを強調し続けてきた。同社の場合、世界の医療現場で一般的に使われるホルター心電計と同等の性能を持つスマートウェアを開発。医療品質に適用できる強力な商品だ。東レや帝人フロンティア、東洋紡などといった大手繊維メーカーも固有の繊維やフィルムなどの加工技術を駆使して実用化に向けて競い合い、センシング技術を磨いてきた。
今、各社の重点は取得できるデータをどう生かすか。センシング系のウェアラブル商品にとって最も重要なことだが、これまでは「データがきれいに取れる」ことを訴求してきた印象が強い。それによって健康状態の見守りができたり、スポーツのトレーニングに利用できたりといった提案ももちろんしてきた。とはいえ、具体的な使用価値が伝わるレベルまで落とし込んだケースは少なかった。着用してデータは取れるが、そのデータが自分にとってどんな意味があるのかはユーザーに委ねられていたようなものだからだ。
■既存の知見生かす
ここにきて商用化フェーズにシフトしつつあるのは、ウェアラブル技術を使う目的をはっきりさせ、データが持つ意味をユーザーが価値と理解できるソリューションに落とし込めてきたからだろう。先行している事例を見れば明らかで、建設現場という過酷な環境で働く作業員や一人暮らしの高齢者、保育園における乳幼児の体調管理は、各場面に関わる事業者にとって高いリスクがつきまとう喫緊の課題だからだ。
スマートウェアの本質的な価値はデータ活用によるソリューションだ。データを正確に取るためのセンシング技術や着心地のようなモノの性能は付加価値。データの価値を高めるためのデータの生かし方が商用化のカギで、クラウドシステムやアルゴリズムの開発などデジタルデータの扱いにたけた専門家とのパートナーシップが不可欠になる。
各社のウェアラブル事業は現状、自前主義にこだわっていない。東レはNTTと組み、帝人フロンティアはスポーツの運動計測・データ解析に特化した企業と合弁会社を立ち上げて事業を推進してきた。クラボウは産学でウェアラブルにおけるハード、ソフトのパートナーシップを広げているほか、ミツフジや東洋紡との連携も始め、効率良く、効果的に価値を生み出すために共創へ舵(かじ)を切っている。これにより、現場に課題を持つ事業者とのコミュニケーションを密接に行い、実用化、商用化に向けてスピーディーにトライアルを重ねていけるようになった。
全くの新規事業ではないこともポイントだ。例えば、保育園での園児見守りサービスを始めた子供服メーカーのキムラタンは、保育園の運営事業を通じて問題意識を持ち、現場の知見を盛り込んだウェアラブルソリューションをミツフジと開発。全国の保育園を対象に2月からサービスを始めた。目の前の現場に課題があるからこそ取り組む意義があり、既存事業で培われた専門的な知見をアルゴリズムやサービスの開発に生かせるからこそ、事業を差別化できる。
小堀真嗣=本社編集部素材・商社担当
(繊研新聞本紙20年3月9日付)