【若手記者が聞く】検査機関ってどんなところ?

2020/12/14 06:30 更新


 細かく分業されサプライチェーンの長い繊維・アパレル業界では、隣り合う工程でも実はよく知られていないことが多いのではないでしょうか。なかでも検査機関は、アパレル製品を企画し、作り、売るというサプライチェーンの大枠ではあまり語られてこなかった存在です。

高品質を誇る日本製品を検査で支えているのですが、その全体像はどうなっているのでしょう。検査機関を担当し始めたばかりの小島稜子記者が、検査機関の「基本のき」を、大先輩の監物敏充記者に聞きました。

検査機関はなぜ必要?

 小島 検査機関ってそもそもなぜ必要なのでしょうか?

 監物 検査機関は、国内外の様々な法規制や認証制度にかなう製品であることを証明する検査・試験を実施しています。そういった検査・試験のための設備や人材などを、単独企業で整えるのは難しいからです。法規制や認証制度の情報収集だって大変です。

 各種団体が定める認証制度では、第三者による認証を求めているものや、認証機関を定めているものがあります。これらは、第三者が検査することで、消費者や社会に対する信頼性を高めるという意味もあります。

 小島 基本的に生産企業の中では試験を実施しないということですか?


 監物 大手企業など製品試験の多くを内製化している企業はあります。かつて自社でやっており、のちに別会社化した例などが挙げられます。社内の人材育成や知見の蓄積などの利点があり、規模が大きければコストダウンの効果もあるかもしれません。しかし、そういった企業でも、先ほど話したように信頼性などの観点から第三者機関は利用しています。

 製品の品質、最近では安全・安心、環境への負荷の軽減がブランディングの重要な要素となっていることが、第三者検査機関を利用する目的の一つになっているのです。


●検査機関は、製品の法規制などへの適応を証明する検査を、設備・人材などの整備が難しい企業に代わり検査している。信頼性の観点からも第三者機関である検査機関が求められる。


 小島 監物さんは、いつから検査機関を取材しているのですか?

 監物 13年後半からなので、今年で8年目です。担当し始めたころは、化学物質を調べるなど安全性に関する試験が盛り上がりつつありました。11年の東日本大震災をきっかけに消費者の間で安全・安心が強く意識されるようになり、検査機関の顧客である繊維・アパレル業界でもニーズが高まっていたのです。それまで日本では、あまり安全性試験に注目されておらず、取材ではホルムアルデヒド(ホルマリン)の試験くらいしか耳にしませんでした。

 小島 具体的には、どのような安全性試験が増えたのでしょうか?

 監物 私が取材した中で印象的だったのは、人体に有害な物質を含むアゾ染料に関する試験です。12年には、国内の法規制に先立ち、繊維業界内で自主規制が始まりました。当時、中国では既に法規制されており、日本は遅れていました。

 16年に日本でも法規制(「有害物質を含有する家庭用品の規制に関する法律」)されたことで、アゾ染料(解説①)の検査はある種のブームとなりました。検査機関は、中国の事業所で対応の整備を進めていて、後から日本でも対応を始めた形です。施行前には、繊研新聞社が検査機関と組んでセミナーを開いたこともあります。各検査機関は設備投資もして強化に努めましたが、価格競争になり、今は一般的な検査の一つに落ち着きました。

 小島 日本での安全性に関する法規制が海外より遅れていたのは意外です。グローバル化は検査・試験にも必要なのですね。

●安全性の試験が国際的な状況より日本が遅れていたところへ、消費者の安全への関心が高まり、法規制もされ、試験の需要が一気に高まった。


 小島 グローバル化といえば、検査機関は海外にも拠点を持っていますよね?

 監物 日本企業の糸・生地や衣料品の製造拠点のある国にあり、顧客も国内同様に日本企業です。13年ごろは、アパレル企業の東南アジア進出に合わせて検査機関も進出し始めていました。既に一通り進出の終わった中国では、検査の価格競争が激しくなっていきました。競争が激しくなると、中国の内販、雑貨など繊維以外、有害物質などの化学分析といった新たな取り組みがだんだん活発になりました。

 小島 検査機関は、顧客の業界と共に歩んでいるのですね。


 監物 その通り。海外進出に限らず、検査機関は繊維・アパレル業界の動向に合わせて活動を広げています。サステイナビリティー(持続可能性)に関する動きもそうです。17年には、SDGs(持続的な開発目標)などサステイナビリティーが国内の繊維業界でも注目され始めました。アパレル産業の大きな変化の兆候を受けて、検査機関も既存の検査・試験業務だけを続けるのでなく、変わる必要があると意識されるようになったようです。

 18年には、単に安全・安心というだけでなく、大量生産・大量消費というアパレル産業の従来のビジネスモデルが本格的に議論されるようになりました。検査機関もZDHC認証に関する試験や、テキスタイルエクスチェンジとの連携など環境配慮に関する取り組みに具体的に動き始めました。今では、各機関が重点の一つとしています。


 小島 業務内容が多岐にわたり複雑だと思っていましたが、繊維・アパレル業界の流れと照らすと整理できました。

●繊維・アパレル業界の動きに合わせ、海外進出やサステイナビリティー関連業務など新たな取り組みをしている。


これからの役割は変わりますか?

 小島 繊維・アパレル業界が大きく変化するなかで、今後の検査機関の役割は変わるのでしょうか?

 監物 今は、製品段階の検査という品質管理だけでなく、企画段階など川上から不良品を作らない仕組み作りに進出しようとしています。限られた内容の依頼を受ける下請け型から、顧客に提案もするパートナー型への転換です。

 サステイナブルの観点からは、CSR(企業の社会的責任)やコンプライアンスを含むサプライチェーン全体の管理を目指しています。例えば、工場監査に労働環境や自然環境負荷の項目を加えて評価するといったことです。しかし、海外でのCSR監査は言語や文化の深い理解が必要なため、監査員の育成が課題となっています。

 小島 ありがとうございました!


●顧客のパートナーとして、製品の検査だけでなく、サプライチェーンをさかのぼって企業支援や品質管理に乗り出している。


≪専門家に聞く≫ 日本の検査機関の歴史 日本製品のイメージアップが始まり

 現在ある繊維・アパレル分野の検査機関は、いずれも戦後に設立された。専門機関の声として、カケンテストセンター広報室の蓬正則さんにその経緯を聞いた。

 現在の検査機関は、1940年代、敗戦後の外貨獲得に向け、日本政府が経済戦略を立てたことから始まります。当時は国際的に、「日本の製品は粗悪」というイメージがついていました。日本の軽工業の代表格として輸出品の一角を担っていた衣料品も同様です。そのため、イメージ向上を目指し、品質を担保しようと、48年制定の輸出品取締法で企業の自主検査が求められるようになりました。検査機関の設立が同年に相次いだのは、同法に合わせたものと考えられます。しかしそれでは粗悪品を食い止められず、57年には、数値目標を立てて検査することを義務付ける輸出検査法が公布されました。これが、長く検査機関の検査需要の根拠となりました。

工程ごとに設立

 繊維・アパレル分野では、糸、紡績、染色などサプライチェーンの川上の各工程ごとに企業の支援を受けて検査機関が設立されました。そして各機関で、支援業界が手がける工程の品を対象に検査していたのです。カケンテストセンターは、前身の日本化学繊維検査協会が繊維メーカーが出資して始まり、繊維メーカーを相手に繊維の品質を検査してきました。

 年月が経つにつれ、検査の効果もあり、日本産製品の全体の品質が向上し、輸出検査法で義務付けられる品目は徐々に減っていきました。それに伴い、検査機関への検査依頼も減ったのです。中には、規模が縮小し統合する機関もありました。

 そこで各機関は、従来の輸出品検査から、小売店舗に納める製品を対象とする納入前検査(解説②)に転換していきました。62年に制定された家庭用品品質表示法で、消費者に向けた品質保証のニーズが高まっていたためです。小売店の品質保証の自主基準(解説③)への対応をカケンが始めたのは71年で、いち早く取り組んだ例だと思います。97年に輸出検査法が廃止されて以降、アパレル企業を主な顧客とする納入前検査が検査の多くを占めています。そして、サプライチェーンごとに分かれていた各検査機関の検査対象の垣根が現在のように薄れていきました。

 その後は、繊維メーカーが中国に生産拠点を置くのに合わせて検査機関も中国に進出するなど、海外事業にも取り組んでいます。カケンテストセンターとしては、納入前検査の開始と、80年代の中国進出が、事業規模拡大のターニングポイントの一つでした。

情報発信も支援

 組織体制の面では、11年に法改正の影響で、財団法人から一般財団法人になりました。一般財団法人に求められる公益目的支出計画に基づいて公益事業、セミナーや情報冊子の出版をしています。コロナ禍でもウェビナーなどで必要とされる情報を発信しています。

 変化した点といえば、民間企業と同様のコスト意識を持ちました。価格は、人件費、試験材料費などのコストアップを企業努力でカバーしてきましたが、現状維持はそろそろ限界がきています。最近は、試験項目での差別化が難しく、試験の質を事前に顧客に理解してもらうことが難しいと感じています。検査結果を踏まえたアドバイスなどアフターフォローもしていますが、付加価値として認識されるには工夫が必要です。勤めている人は、男性は化学や繊維など理系専攻出身、女性は家政系大学出身が主です。私は、前職で紙を生産する際に使う薬剤の研究員として試験に近い作業をしていた経験から、試験室に配属され、2年前まで試験を担当していました。


【用語解説】


①アゾ染料 分子構造に、アゾ基と呼ばれる窒素の二重結合を含む染料のこと。安価で種類が多く、色素全体の60~70%を占める。一部は、発がん性が指摘されている特定芳香族アミンを生成する。

②納入前検査 製品を納入するより前の段階で、その品質を保証する検査。生地検査と製品検査に分かれる。消費者からのクレームを防ぐために、小売店が自主的な品質基準を設け、アパレル企業など製品納入者に検査を要請しているケースが多い。

③品質保証の自主基準 消費者のクレーム防止のための品質保証の自主基準は、小売店だけでなくアパレル企業も設けていることが多い。一般的に、日本のアパレル企業の自主基準は小売店より厳しく、「品質保証に思い入れがある」(蓬さん)という。

■色落ち、色あせはアパレル向け検査の肝

 検査は法律に基づいた項目というイメージがありますが、試験と明確な区別はありません。機関によって同じ内容でも検査と呼ぶところと試験と呼ぶことがあります。ちなみに検品は、主に外観検査と検針を指します。

 衣服で特に重視される色落ち・色あせに対する強さは、生地検査での染色堅牢度試験で調べます。調べる要素は摩擦、光、汗など様々。生地検査ではほかに、下げ札などの表示通りか、生地の組成(使われている素材)を確認することも多くあります。

こすって色落ち・色移りしないか調べる染色堅牢度試験

 製品検査では、家庭用品品質表示法で定められている製品の表示を検査します。縫製などの外観や、洗濯耐久性などの品質も調べています。

染色堅牢度を判定する

(繊研新聞本紙20年11月13日付)



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