「孫が買ってくれた服だから」「形見だから」「祖父のスーツを成人式で着たいから」――。様々な思いが詰まった服の修理依頼が、紬かけつぎ店(愛知県一宮市)に寄せられてくる。決して安くはない価格だが、傷や穴をきれいに直すかけつぎは、その人の人生の中で大切な一着をよみがえらせる。
(小坂麻里子)
紬かけつぎ店は、19年にオープンした衣類の傷・穴修理専門店。テレビでかけつぎのすごさを知った岡野晃兵さんが、この世界に飛び込んだ。
繊維の街・一宮で
それまで農業関係の営業をしていた岡野さん。全く異なる業界への転身に周囲は驚いたという。「やっていけるのか」との心配をよそに、岡野さんはかけつぎ店で2年経験を積んだ。「せっかくなら」と繊維の街である愛知県一宮市で、職人と共に2人で紬かけつぎ店を立ち上げた。
かけつぎは、掛け継ぎ、掛け接(は)ぎといい、服の傷や穴を元に近い状態へ修復する技術のこと。製品の見えない部分から生地や糸を取り、裏からかがって表地に響かないように手作業できれいに直すため、ほとんど跡が残らない魔法のような職人技だ。
紬かけつぎ店ではスーツ、セーター、コートのほか、最近は若い人からTシャツ、パーカ、スウェットの依頼も増えているという。オーダースーツ店やクリーニング店など業者の取引先を広げながら、消費者の割合も増やしてきた。
同店の平均単価は1万円。難しい依頼は9万円に上るものもあるが、それでもお願いしたいと言われることもあるという。
きものやオーダースーツが主流だった頃は多くのかけつぎ業者が存在したが、安価な服が増え、買い替えが当たり前になり減少した。職人の高齢化も進む。「業界内では技術力を知られていても、発信が弱く認知度が低い」点に岡野さんは危機感を抱く。
そのため、同店はホームページやSNS、学校での講演で発信に力を入れる。海外向けに英語版も作った修復過程の動画は、世界で100万回再生された。日本ならではの細かい作業に反響があり、フランスやカナダからの依頼があった。岡野さんは「仕事につながることもうれしいが、まずはかけつぎを知ってほしい」と強調する。

若さは強みになる
現在、岡野さんのほかに20~40代の3人の職人がいる。かけつぎは細かい手作業のため、視力や根気の面から若さは武器になると自信を持つ。
かけつぎは一般的な手法があるものの、新しい生地も開発されるため、生地に合わせた最善なやり方を試行錯誤できる柔軟性、発想が求められるという。
例えば、きものに開いた穴。同じ色の糸で織る手法が一般的だが、紬かけつぎ店では白糸で織り、京都の染色企業で染める手法をとった。日々の営業で関係先を広げた強みでもあり、話し合いながらより良い手法を模索できるチーム力のたまものだ。
後世に承継するために、今年は新たな人材募集も視野に入れている。若い職人を育成しながら、対応できる量を増やしていきたいとする。