鎌倉シャツの貞末会長「NY出店で景色が変わった」

2014/06/12 10:00 更新


貞末良雄会長

シャツ専門店チェーン、メーカーズシャツ鎌倉の業績が依然、拡大を続けている。既存店の増床や新店を一歩一歩積み重ね、12年秋には念願のニューヨーク出店を果たした。国内外からの注文増でネット売り上げも順調に伸ばしている。10余の国内工場との「製販一体」のモノづくりがマーケットニーズに合致したかっこうだが、業績はどこまで伸びるのか。貞末良雄会長に同社の近況や組織の有り様(よう)、代名詞とも言える「メードインジャパン」のモノづくりについて縦横に語ってもらった。


“NYスタンダードになればどこでも通用する” ―NY店について

 初年度の売り上げは75万ドルほど。売り上げ計画など決めてはいませんでしたが、1億円ほど売り上げれば利益が出るな、と踏んでいました。オープン準備中の為替は1ドル80円台。オープン時には100円ほどになっていましたから、価格設定の79ドルに対して仕入れ原価は下がっており、利益面での評価は売り上げほど悪くはない。それでも初年度は黒字にはなりませんでした。

 2年目は実績に対し、40-50%増ペースですから、日本円では1億3000万円ほどになるんじゃないですか。この5月も15万ドルほど売れました。

 正確にデータをとったわけではないですが、客層の80%ほどは年収の高いアメリカ人ビジネスマン。3枚、4枚とまとめ買いをしてくれています。あとの10%は諸外国から来たツーリスト、残りが日本人ビジネスマンです。マーケティングの本には、日本人が海外で店を出して成功するには東洋人を取り込むしか無いと書いてありましたが、現実には1割に過ぎません。

 雑誌などメディアの影響もありますが、口コミを通じて来店されるお客さんが多いようです。オフィスに着ていって「いいシャツだから」と勝手に宣伝してくれている。同業者であるアメリカンブランドで働いている人たちもうちの顧客には居ますが、向こうは同業者でも、いいと思ったら「いい」と言ってくれる。自分が売っているブランドのシャツで満足できないなら「カマクラに行け」ってね。

 ニューヨークに店を出して分かったことがあります。マンハッタンにはありとあらゆるグローバルブランドがありますが、そのほとんどが中国製。でも、中国製の商品はニューヨークの消費者の目には叶っていない。選択肢がないから仕方なく着ているだけなんです。「オレらは首まで中国製に漬かっている。右向いても左向いても中国。でも、好きじゃないんだ」。あるアメリカ人客が言ってましたよ。

 アメリカ製はもうないし、後はイタリア製だけ。だけど、イタリア製は300-500ドルと超高級。チャイナだと19ドルからあるがそれでは満足できない。そこにうちが79ドルで出した。高いクオリティを備えたフェアプライス商品の登場にニューヨーカーも驚いたんですよ。

 イタリアのブランドは、「うちのは高いよ、いいものだから高いのは当たり前。買いたいやつは買え」です。だから、なんで我々がそんな値段で売るのか分からない。もっと高く売ればいいのに、って言いますよ。

 日本でつくってこんな値段で大丈夫か、って言われますが、実際、英国やフランス、ドイツだけでなく、色んなところから出店要請があります。最初はジャブ程度の話かと思って半信半疑でしたが、ここ最近はシリアスで現実的なオファーが来るようになりました。

 超高級品のイタリア製をのぞき、先進国は自国でもうアパレルをつくっていませんし、うちみたいなラグジュアリー感のあるアフォーダブル商品はそもそも市場にはない。だから魅力を感じてもらっているんでしょうね。ヨーロッパや日本など成熟社会で作られたものでないとラグジュアリー感は出せません。中国では無理です。

 うちの商品で感心してもらったひとつがシャツの襟の綿芯。アメリカでは50年以上使われていないでしょうが、うちはこれを採用している。接着芯の方が楽ですが、「高級なシャツならこれしかない、これが本物」と思ってもらえると信じてやってきた。

 そのおかげか男性誌のGQにはこんな風に書かれました。「今までのシャツは堅くてヤスリで首や手首を切られるようだったが、カマクラのシャツは違う。アル・グリーンのスロージャム以上にスムーズだ」ってね。GQは世界で100万部ほど出ているらしいから、結構な反応がありましたよ。

■GQの記事はこちら

 中国製品漬けだった彼らに喜ばれているわけですが、それでも向こうのお客さんはさらに高い要求をしてきます。我々が日本で20年以上シャツをつくっていても聞いたこともないような内容です。「日本人ならやれるだろう」ってね。とにかく服を知っている民族はどこまでも知っていますよ。

 フェイスブックなどSNSでは製品を褒めてくれていることもあるし、別の要求が出てくることもある。これらは全て翻訳して生産委託先にフィードバックしています。工場さんも「だったら、やってやろう」とハートに火をつけて、頑張ってキャッチアップしようとしてくれている。

 難問をひとつひとつクリアして東京スタンダードからニューヨークスタンダードになれば、もう、どこに出しても「イエス」となる。ニューヨーカーの要求を満たせば、世界につながる。国連本部があるし、世界一の金融街もありますから。

 世界中から出店の話をもらうなかで、別のことにも気づきました。デベロッパーは日本のように義理人情や人間関係なんかではテナントを選ばないということです。ある時、出店を促すデベロッパーに、「ニューヨークに出て1年も経ってないのに、うちみたいな会社は信用できないだろ」って聞いたら、「この地区でこういうコンセプトだからあなたの店に出て欲しい」って彼らは言うんです。

 今だとサスティナブルであること、ジャスティス(正義)を貫いていることが重視されているようで、小さな子供をこき使って、ジャンキーな商品を大量につくっているところは求められていない。健康のためには余分なお金を出してもホールフーズマーケットで買う風潮と同じですね。彼らにはフィロソフィーがある。日本のように、「このスペースが余っているから出ない?」はないですよ。

 余談ですが、我々が日本で出店し出した頃は、門前払いもいいとこでした。安物のシャツじゃないか、ってね。屈辱的な事もたくさん言われたけど、今は潮目が変わったと感じます。意味があってのこの値段。だから、我々のところに出店要請が来るんです。

 ニューヨークに出して存在感を示すことができれば、次は向こうからオファーがある。出なければ分からなかったことです。日本に居る時の何十倍もオファーが来る。世界の人たちが何を求めているのかなどオファーの中身も吟味できて、我々も勉強ができる。今は色々な話が来ているのでそうやって情報を集めています。

  ニューヨークに出してからは社員も自ずと世界のマーケットを意識し始めている。国内だけでやっていた時とは見える景色も異なり、無限の可能性を感じてくれているようです。副次的な効果ですが、ニューヨークのお店のおかげで、日本に来た観光客が秋葉原や丸の内、羽田なんかで結構買って行ってくれている。TwitterなどSNSなんかで情報をキャッチしているみたいです。


“工場だけで生き残るのは難しい”―メードインジャパンについて

 もはや全てのメードインジャパンが優れているとは言えないと思いますが、我々が生産委託している先の熟練工は15年-30年のキャリアがある職人たちで、彼らだけが鎌倉のシャツを縫いこなせる。

 中国で生産をしている欧米の著名ブランドの工場担当者が、うちの委託先の国内工場をよく見に来るんですが、彼らは異口同音に言います。「ミスターサダスエ、うちではできない」。

 例えば、中国ではひとつの仕事に3年以上つとめるのは馬鹿だ、という風潮がある。5、6年勤めている人間は居ても、10年は居ない。熟練工という概念がそもそもないから品質は安定しません。良くなったなあと思ったら、また悪くなったりする。我々の基準から言えば全然話にならない。

 事業を始めた20年前に比べたら、素材のレベルは格段にあがっています。昨年使用したシャツ地は120万メートル。余談ですが、80双糸以上のものでこれだけの量を使っているのはうちだけ。仕入先は、西脇産地が4割、ルータイやヤンガーなど中国からが5割。残りがヨーロッパです。なんとか国内は買い続けようと思っています。

 メードインジャパンの品質云々はありますが、地方の工場経営者としては雇用が大事。それは良くわかります。でも、会社に希望が持てないと新しい人は入ってきません。雇用を守るというけれど、その工場がマーケットを支配できる製品づくりが出来ているのか、というと疑問です。我々のビジネスモデルのように、強力な販売力を持ったリテイラーと組まないとなかなか難しい。

 工場そのものだけで生き延びるのはもはや難しい。紡績から紡織、縫製,アパレル、小売りと流通が多段階に分かれ、需要がいっぱいある時は、それぞれのパーツ,パーツで役割を果たすことで生き残ることができた。川上の事も川下の事情も知らなくても注文が来て、自分のところだけやっとけば良かったからです。 しかし、気付いたらその川上と川下がへたっちゃったから、縫製工場はどうしていいか分からない。それが今の実情です。

 メードインジャパンを守れと言っても、私から見れば能書きばかり言ってなにも進んでいない。「生き延びるために何をやっているの」と聞いても、「技術では負けないんです」と。そんなこと誰も聞いてませんよ。

 厳しい言い方かもしれないですが、世界で勝ち残るためのファクターを持ち合わせていない。内需が縮むなかで、世界で戦う企業、戦おうとしている会社にどれだけ商品を供給しているのか。言葉は色々出てくるけど、現実にはなかなか進んでいないというのが私の見方です。頑張ってやられているのはエドウィンさんぐらいだけでしょう。

 我々は生産委託先の工場11社と2ヶ月に1回ぐらい技術研修会をやっています。先ほど言ったような世界の顧客からの要求もどんどん伝わってくるから、かなりシビアです。工場でもレベルの差はあるので、優秀な技術者や社長に別の委託先に指導に行ってもらったりもしている。弊社のコストで抜き打ち検査も行ったりしています。

 多少問題のある委託先のなかには、なかなか改善しない会社もあります。社長はやる、って言うんですが、現場がそっぽ向いている。だから、彼らと一緒に食事する時なんかにいつもぼろかすに言うんですよ。お酒の席なんで脅かすんですが、私は絶対切らないと思っている(笑)。実際、発注をやめたら潰れちゃいますもん、簡単にはできませんよ。

 さっき話した海外ブランドの経営者には、「なんで無理して安い製品を沢山売るんだ」って聞かれるんですが、それは多売できるモノや仕組みをつくらないと、いい素材を安く買えないからです。

 それに工場は高いものをつくっても工賃はほとんど同じ。だったら、数をつくらないと売り上げは増えないでしょう。同じ発注元の商品をコンスタントに大量に作れば生産性をあげることも出来ますしね。事業を始めた最初から言っているように、産地を守るためにやっているんですから、工場経営が成り立つやり方を採らないと意味がありません。


アメリカのスミソニアン誌は、アメリカが生み出した文化を日本企業がいかに模倣し、さらにいいものに変えて行ったかを特集した。メーカーズシャツ鎌倉もその一例として取り上げられた

■スミソニアン誌の記事はこちら

※スミソニアン・マガジンは米国の月刊誌で約200万部を発行。米国の研究機関、スミソニアン協会が発行し、社会や科学技術の進歩をわかりやすく伝えている


“組織図なんてありません。でも組織的に動く” ―会社/組織について

 今では、毎年25人から30人の若い社員が入ってきてくれています。だから、会社も成長しなければならない。国内もまだ伸びますが、海外に400万着売るのが当面の大きなゴールですから、であれば、海外出店はニューヨークだけで済む話ではありません。

 08年からボストン・キャリア・フォーラムで3人ずつ採用していて、ニューヨーク店のオープン時にはバイリンガル社員が12人にまで増えました。直近でも25人中、17人がバイリンガル。英語に関しては困ることはない。新卒採用も1万人ほど応募があって3次試験までやりますから、かなり優秀な人間を採用できていますよ。

 スマートなバイリンガル社員を増やしてはいますが、うちは理論より行動主義だから、理屈ばかり言ってては許されない。現場に行って肌で感じたことが一番。商売で理論通りになることはあまりないからです。 だから迷ったら現場に行け、これがうちの会社のDNAです。ごちゃごちゃ言っていたら現場で叩き直される。

 会社説明会では入社2、3年の社員がそんな事を話してくれていますから、異端児が居たらい辛くなるし組織から弾かれる。うちは学歴が表に出てこない会社です。仕事が始まると、みんなどこ出たかなんか忘れてますよ。

 多くの社員が楽しそうに仕事をしていると言われますが、それはやりたいことに制限がないからでしょう。文書を出せとか、稟議を廻すとか、決済がどうだとか細かい手続きは何もない。

 よくそれで秩序が保たれているな、と言われますが、我々が唯一忘れてはならないのは、自分たちがやろうとしていることが顧客の満足につながるかどうかだけ。これが基準。だから、あとは自分で判断しろと言っています。基準は私じゃなくてお客様。だから、私の顔見て仕事する社員は居ませんし、お茶すら入れてくれません(笑)。

 銀行には組織図を見せてくれといわれますが、そんなものうちにはありません。その分野が得意な人がやる。経理部もありませんしね。うちは経理の仕事をメーンでやっている人も他のこともやらなければならない。デザイナーであっても生産管理やるし、生産管理も倉庫整理する。専門的にこれだけ、はない。みんな勝手に役職をつくって名刺に書いていますよ。室長とか部長とかね。

 やらねばならないことは皆でやるのがうちのカルチャー。分業した方が効率的というのは理論的に正しいのかもしれないが、少なくともうちには当てはまらない。何でもできるユーティリティープレイヤーがたくさん居ないとアパレルの仕事なんて上手く行きませんよ。組織をあえて言うならタスクフォース型。みんなでタスクを実行するんです。

 組織の特徴を説明しろと言われれば、真ん中に座る私を社員が囲むイメージ。「貞末グーグル」と冗談で呼んでいてこんな風に言っています。「私はこの業界で50年商売をやっている。君らは3年とか、5年だろ。私は失敗の塊だから、検索して過去の失敗を聞け。こういう問題が起きるかも知れんぞと私が説明するから。それを知ったうえで自分の判断でやれ」。

 得意技を持っている人間が得意なことをやる、組織図がなくても組織的に動く。言わば、風林火山ですよ。組織をきっちりつくると壁ができてセクショナリズムにつながる危険性がある。縄張り争いが起こり、人間の悪いところがたくさん出てくる。何か起きた時には組織的に動かなければならないのに、それが叶わなくなるんです。

 槍や長刀が上手なら前に出て戦えばいいし、目がいいやつは見張りをすればいい。鼻のいいやつが居れば食べ物を探せ。それぞれの能力がある人間がやればいいんです。

 どこまでその理想で行けるのかは分かりません。ファミリービジネスで始めた頃から銀行には組織図をつくれとアドバイスも受けていますが、組織の壁とかくだらない、とやりたいやつがやれる方法をとったんです。


“海外で400万着売っても罰は当たらないでしょう” ―業績どこまで  

 14年5月期の売り上げは30億円の後半くらいでしょうか(前期は32億円)。既存店は8%ほど伸びたようです。シャツの販売枚数は80万枚ほど。グランフロント大阪(地下1階)の店舗が年間で2億5000万円ほどあるし、既存店の増床なども売り上げに寄与しています。ネットの売り上げも伸びて現在8億円ほど。ただし、これは関連会社のSMRの数字です。

 店は人材の問題と不可分だから要請があってもおいそれとは出られません。人が育って「そろそろ行けそうだ」とならない限り、これからも無理に出す事はない。仙台も札幌もまだありませんし、国内の出店余地はまだまだあります。銀座も今はまだないですしね。 5-6年前から、国内100万着、海外(輸出)400万着販売するという目標を掲げていて、そのために国内工場の枠取りや技術研修会を踏まえた生産性向上のための整備などをやってきました。海外もニューヨークに出店したし、おかげで英語のグローバルサイトを通じて現在38カ国から注文が舞い込んでいる。

 ただ、サイトは未整備で在庫管理等が手作業でしかまだできません。売り上げはニューヨーク店の半分ほどで、月に500万円ほど。今年の9月にグローバルサイトがオープンできそうなので、完成すれば一気に数字は行きますよ。世界の消費者を相手に商売をするので、日本のサイトの英語版ではダメ。人種も多様ですから、上手くフィットするようにしないと。

 日本の工場を持続させるための活動をする、と言っているわけですから、海外に売る時には利益を出そうとは思っていません。例えば、ネットの海外への送料は平均で3000円ほどかかりますが、これもうちの負担でやっていますしね。 工場の効率があがって生産力あがる。さらに設備増強する、というサイクルで工場が発展するとわかれば人が集まり、日本の工場が廃れないで済む。そのためには、ステディな成長が必要なんです。となると日本市場だけでは無理があり、海外販路が必要になる。

 日本があと1、2年で100万着に達するでしょう。ざっと見積もって世界ではこの4倍は行けると見ています。世界で流通している衣料品800億枚の1%がシャツだと言われているから8億枚。高級品は1割として8000万着、この2割ぐらいは我々のシャツが占めても罰はあたらないだろうという計算です。

 無理な数字ではないと見ています。でも、いつごろ達成できるかは分からない。予算を決めてがりがりやるのなら言えますが、生産のキャパシティもあるし、無理に売り上げをつくって顧客が減ったら本末転倒ですから。ただ、ブレイクポイントが来た時に一気に波が来るのがビジネス。まだまだやめられませんよ。

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