シャツ専門店チェーン、メーカーズシャツ鎌倉の業績が依然、拡大を続けている。既存店の増床や新店を一歩一歩積み重ね、12年秋には念願のニューヨーク出店を果たした。国内外からの注文増でネット売り上げも順調に伸ばしている。10余の国内工場との「製販一体」のモノづくりがマーケットニーズに合致したかっこうだが、業績はどこまで伸びるのか。貞末良雄会長に同社の近況や組織の有り様(よう)、代名詞とも言える「メードインジャパン」のモノづくりについて縦横に語ってもらった。
“NYスタンダードになればどこでも通用する” ―NY店について
初年度の売り上げは75万ドルほど。売り上げ計画など決めてはいませんでしたが、1億円ほど売り上げれば利益が出るな、と踏んでいました。オープン準備中の為替は1ドル80円台。オープン時には100円ほどになっていましたから、価格設定の79ドルに対して仕入れ原価は下がっており、利益面での評価は売り上げほど悪くはない。それでも初年度は黒字にはなりませんでした。 2年目は実績に対し、40-50%増ペースですから、日本円では1億3000万円ほどになるんじゃないですか。この5月も15万ドルほど売れました。 正確にデータをとったわけではないですが、客層の80%ほどは年収の高いアメリカ人ビジネスマン。3枚、4枚とまとめ買いをしてくれています。あとの10%は諸外国から来たツーリスト、残りが日本人ビジネスマンです。マーケティングの本には、日本人が海外で店を出して成功するには東洋人を取り込むしか無いと書いてありましたが、現実には1割に過ぎません。 雑誌などメディアの影響もありますが、口コミを通じて来店されるお客さんが多いようです。オフィスに着ていって「いいシャツだから」と勝手に宣伝してくれている。同業者であるアメリカンブランドで働いている人たちもうちの顧客には居ますが、向こうは同業者でも、いいと思ったら「いい」と言ってくれる。自分が売っているブランドのシャツで満足できないなら「カマクラに行け」ってね。 ニューヨークに店を出して分かったことがあります。マンハッタンにはありとあらゆるグローバルブランドがありますが、そのほとんどが中国製。でも、中国製の商品はニューヨークの消費者の目には叶っていない。選択肢がないから仕方なく着ているだけなんです。「オレらは首まで中国製に漬かっている。右向いても左向いても中国。でも、好きじゃないんだ」。あるアメリカ人客が言ってましたよ。 アメリカ製はもうないし、後はイタリア製だけ。だけど、イタリア製は300-500ドルと超高級。チャイナだと19ドルからあるがそれでは満足できない。そこにうちが79ドルで出した。高いクオリティを備えたフェアプライス商品の登場にニューヨーカーも驚いたんですよ。 イタリアのブランドは、「うちのは高いよ、いいものだから高いのは当たり前。買いたいやつは買え」です。だから、なんで我々がそんな値段で売るのか分からない。もっと高く売ればいいのに、って言いますよ。 日本でつくってこんな値段で大丈夫か、って言われますが、実際、英国やフランス、ドイツだけでなく、色んなところから出店要請があります。最初はジャブ程度の話かと思って半信半疑でしたが、ここ最近はシリアスで現実的なオファーが来るようになりました。 超高級品のイタリア製をのぞき、先進国は自国でもうアパレルをつくっていませんし、うちみたいなラグジュアリー感のあるアフォーダブル商品はそもそも市場にはない。だから魅力を感じてもらっているんでしょうね。ヨーロッパや日本など成熟社会で作られたものでないとラグジュアリー感は出せません。中国では無理です。 うちの商品で感心してもらったひとつがシャツの襟の綿芯。アメリカでは50年以上使われていないでしょうが、うちはこれを採用している。接着芯の方が楽ですが、「高級なシャツならこれしかない、これが本物」と思ってもらえると信じてやってきた。 そのおかげか男性誌のGQにはこんな風に書かれました。「今までのシャツは堅くてヤスリで首や手首を切られるようだったが、カマクラのシャツは違う。アル・グリーンのスロージャム以上にスムーズだ」ってね。GQは世界で100万部ほど出ているらしいから、結構な反応がありましたよ。■GQの記事はこちら 中国製品漬けだった彼らに喜ばれているわけですが、それでも向こうのお客さんはさらに高い要求をしてきます。我々が日本で20年以上シャツをつくっていても聞いたこともないような内容です。「日本人ならやれるだろう」ってね。とにかく服を知っている民族はどこまでも知っていますよ。 フェイスブックなどSNSでは製品を褒めてくれていることもあるし、別の要求が出てくることもある。これらは全て翻訳して生産委託先にフィードバックしています。工場さんも「だったら、やってやろう」とハートに火をつけて、頑張ってキャッチアップしようとしてくれている。 難問をひとつひとつクリアして東京スタンダードからニューヨークスタンダードになれば、もう、どこに出しても「イエス」となる。ニューヨーカーの要求を満たせば、世界につながる。国連本部があるし、世界一の金融街もありますから。 世界中から出店の話をもらうなかで、別のことにも気づきました。デベロッパーは日本のように義理人情や人間関係なんかではテナントを選ばないということです。ある時、出店を促すデベロッパーに、「ニューヨークに出て1年も経ってないのに、うちみたいな会社は信用できないだろ」って聞いたら、「この地区でこういうコンセプトだからあなたの店に出て欲しい」って彼らは言うんです。 今だとサスティナブルであること、ジャスティス(正義)を貫いていることが重視されているようで、小さな子供をこき使って、ジャンキーな商品を大量につくっているところは求められていない。健康のためには余分なお金を出してもホールフーズマーケットで買う風潮と同じですね。彼らにはフィロソフィーがある。日本のように、「このスペースが余っているから出ない?」はないですよ。 余談ですが、我々が日本で出店し出した頃は、門前払いもいいとこでした。安物のシャツじゃないか、ってね。屈辱的な事もたくさん言われたけど、今は潮目が変わったと感じます。意味があってのこの値段。だから、我々のところに出店要請が来るんです。 ニューヨークに出して存在感を示すことができれば、次は向こうからオファーがある。出なければ分からなかったことです。日本に居る時の何十倍もオファーが来る。世界の人たちが何を求めているのかなどオファーの中身も吟味できて、我々も勉強ができる。今は色々な話が来ているのでそうやって情報を集めています。 ニューヨークに出してからは社員も自ずと世界のマーケットを意識し始めている。国内だけでやっていた時とは見える景色も異なり、無限の可能性を感じてくれているようです。副次的な効果ですが、ニューヨークのお店のおかげで、日本に来た観光客が秋葉原や丸の内、羽田なんかで結構買って行ってくれている。TwitterなどSNSなんかで情報をキャッチしているみたいです。“工場だけで生き残るのは難しい”―メードインジャパンについて
もはや全てのメードインジャパンが優れているとは言えないと思いますが、我々が生産委託している先の熟練工は15年-30年のキャリアがある職人たちで、彼らだけが鎌倉のシャツを縫いこなせる。 中国で生産をしている欧米の著名ブランドの工場担当者が、うちの委託先の国内工場をよく見に来るんですが、彼らは異口同音に言います。「ミスターサダスエ、うちではできない」。 例えば、中国ではひとつの仕事に3年以上つとめるのは馬鹿だ、という風潮がある。5、6年勤めている人間は居ても、10年は居ない。熟練工という概念がそもそもないから品質は安定しません。良くなったなあと思ったら、また悪くなったりする。我々の基準から言えば全然話にならない。 事業を始めた20年前に比べたら、素材のレベルは格段にあがっています。昨年使用したシャツ地は120万メートル。余談ですが、80双糸以上のものでこれだけの量を使っているのはうちだけ。仕入先は、西脇産地が4割、ルータイやヤンガーなど中国からが5割。残りがヨーロッパです。なんとか国内は買い続けようと思っています。 メードインジャパンの品質云々はありますが、地方の工場経営者としては雇用が大事。それは良くわかります。でも、会社に希望が持てないと新しい人は入ってきません。雇用を守るというけれど、その工場がマーケットを支配できる製品づくりが出来ているのか、というと疑問です。我々のビジネスモデルのように、強力な販売力を持ったリテイラーと組まないとなかなか難しい。 工場そのものだけで生き延びるのはもはや難しい。紡績から紡織、縫製,アパレル、小売りと流通が多段階に分かれ、需要がいっぱいある時は、それぞれのパーツ,パーツで役割を果たすことで生き残ることができた。川上の事も川下の事情も知らなくても注文が来て、自分のところだけやっとけば良かったからです。 しかし、気付いたらその川上と川下がへたっちゃったから、縫製工場はどうしていいか分からない。それが今の実情です。 メードインジャパンを守れと言っても、私から見れば能書きばかり言ってなにも進んでいない。「生き延びるために何をやっているの」と聞いても、「技術では負けないんです」と。そんなこと誰も聞いてませんよ。 厳しい言い方かもしれないですが、世界で勝ち残るためのファクターを持ち合わせていない。内需が縮むなかで、世界で戦う企業、戦おうとしている会社にどれだけ商品を供給しているのか。言葉は色々出てくるけど、現実にはなかなか進んでいないというのが私の見方です。頑張ってやられているのはエドウィンさんぐらいだけでしょう。 我々は生産委託先の工場11社と2ヶ月に1回ぐらい技術研修会をやっています。先ほど言ったような世界の顧客からの要求もどんどん伝わってくるから、かなりシビアです。工場でもレベルの差はあるので、優秀な技術者や社長に別の委託先に指導に行ってもらったりもしている。弊社のコストで抜き打ち検査も行ったりしています。 多少問題のある委託先のなかには、なかなか改善しない会社もあります。社長はやる、って言うんですが、現場がそっぽ向いている。だから、彼らと一緒に食事する時なんかにいつもぼろかすに言うんですよ。お酒の席なんで脅かすんですが、私は絶対切らないと思っている(笑)。実際、発注をやめたら潰れちゃいますもん、簡単にはできませんよ。 さっき話した海外ブランドの経営者には、「なんで無理して安い製品を沢山売るんだ」って聞かれるんですが、それは多売できるモノや仕組みをつくらないと、いい素材を安く買えないからです。 それに工場は高いものをつくっても工賃はほとんど同じ。だったら、数をつくらないと売り上げは増えないでしょう。同じ発注元の商品をコンスタントに大量に作れば生産性をあげることも出来ますしね。事業を始めた最初から言っているように、産地を守るためにやっているんですから、工場経営が成り立つやり方を採らないと意味がありません。アメリカのスミソニアン誌は、アメリカが生み出した文化を日本企業がいかに模倣し、さらにいいものに変えて行ったかを特集した。メーカーズシャツ鎌倉もその一例として取り上げられた