ファッションビジネス業界には、その企業ならではのエピソードがつまった〝お宝〟がいっぱいだ。心温まるものから、伝統や創業者の思いを受け継ぐもの、会社の成長とともに歩んできたものまで、ちょっとだけ見せていただきました。
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■ワコール 母娘2代で愛したスリップ
ワコール京都本社の1階に企業博物館「ミュージアム・オブ・ビューティー」がある。木綿地の第1号ブラをはじめ、同社の歩みを知る貴重な商品が並ぶ。ミュージアムの奥のガラスケースには、1960年代に作られた1枚のスリップが収められている。
今から約20年前、手紙と共にこのスリップが同社のお客様相談室に送られてきた。3人の娘を持つ49歳の母親からである。彼女は高校卒業後、家業の飲食店を手伝っていた。わずかな小遣い、休みは月に1度だけで、ワコールの商品は「夢」だったという。その頃、帰省した姉から何か買ってあげると言われ、迷わず選んだのが、このスリップだった。着るのは月1回の休みぐらいで、21歳の結婚後も大切に着続けた。
年月が経ち、自分の次女が独立。次女は、母親の様々な持ち物を持って行ったが、「30年物」のスリップもお気に入りの一つだった。しばらくして、そのスリップを着用した次女が顔を見せた。「丈夫ですてきなスリップ。本当に30年前の品かと思うほど、レースも生地もしっかりしている」。
こうして、お礼の手紙と共に、丁寧に洗われたスリップがワコールの元に。「いつまでも愛される商品」にこだわり続けていくという思いの象徴として、同社の宝物となっている。
■三越伊勢丹 名優の舞台姿を飾った歌舞伎衣装 今も顧客に愛される
三越伊勢丹のお宝は、明治、昭和の名優らの舞台姿を飾った歌舞伎衣装だ。経営統合前の三越は1907年(明治40年)に設けた三越衣装部で約半世紀にわたって貸衣装業を営んでいたことから、今も当時の歌舞伎衣装を大切に保存している。
再現が困難とされる染織工芸技術と名優の気品や意気を感じられる歌舞伎衣装は、同社の中元・歳暮企画の商品でモチーフに使われるなど、今も顧客に親しまれている。誰がどの作品で着用したか判明している「由緒衣装」だけで約100、それ以外でも約300ある所蔵のなかから、「最も正月っぽいものを」というセンコミの強引なリクエストに、以下の2着を紹介してくれた。
正月飾りを大胆に表現しているという「黒繻子地正月飾文様傾城打掛(くろしゅすじしょうがつかざりもんようけいせいうちかけ)」、金の龍がおめでたい気分にさせてくれる「木綿地龍丸入格子文様(もめんじりゅうのまるいりこうしもんよう)羽織り・着付」は、ともに歌舞伎十八番のひとつである『助六由縁江戸桜』で着用されたもの。
黒繻子地正月飾文様傾城打掛は六代目尾上菊五郎(1885~1949年)が1933年に遊女、楊巻(あげまき)を演じる際に着用した。肩から袖にかけてしめ縄を滝のごとく配し、前面には門松を縫いあらわした。袖には羽子板と羽根、手毬(てまり)、余白には大柄の梅花を華やかに散りばめている。
木綿地龍丸入格子文様羽織り・着付は七代目松本幸四郎(1870~1949年)が1929年にひげの老人、意休(いきゅう)役に用いられた。
これらの作品は28日まで三井記念美術館(東京・日本橋)で開催されている「日本の伝統芸能展」で見ることができる。
■菱友商事 創業者の名画コレクション 本物で感性を磨く
デニム、チノなどで知られる三備地区のテキスタイルコンバーター、菱友商事(広島県福山市、花田充民社長)。社内に入ってすぐ目に付くのは、創業者のコレクションでもある数々の洋画や日本画だ。本物を見る目を養って欲しいとの思いから、これらのお宝は従業員が見られる場所に置かれている。
「価値のあるものづくりを行うために必要なものは何かと言えば、それは自分自身の判断でいいと感じる目を養うこと」という先代創業者の考えから、著名な芸術家の絵画、彫刻、陶芸作品などを数多く飾っている。展示する作品を季節ごとに変えることで、季節の移り変わりに対する感性をはぐくみ、また、より多くの作品に触れる機会を作っている。
様々な有名作家のコレクションがあるが、中でも特筆すべきは近代日本画の巨匠、横山大観(1868~1958年)の「朝嶺」と、昭和の日本を代表する洋画家、小磯良平(1903~1988年)の「婦人座像」だ。こうした本物の名画や彫刻を肌で感じる環境が、顧客や消費者が喜ぶ新しいテキスタイルを生み出す原動力の一つになっているのかもしれない。
■ブラケット 社員を見守ってくれる動物たち オフィスをユーモラスに
オンラインストアが簡単に作れるサービス「ストアーズ・ドット・ジェーピー」(ストアーズ)を展開するブラケット(東京)のオフィスには、動物モチーフのアートがいっぱい。動物好きの創業者、光本勇介取締役会長が集めていたものなどを、大切に受け継いで飾っている。
昨年10月、MBO(経営陣による企業買収)によりスタートトゥデイから独立。現在の東京・渋谷のオフィスに移る際、物の削減を図ったが、社員になじみのある動物アートは削減の対象から外され、一緒に越してきた。
中でも、ワンフロアのオフィスを見渡す壁に鎮座するガラス製の鹿は、オフィスを構えた時からずっと同社を見守ってきた神棚のような存在だ。壁の高い位置に飾ることで、「私たちを見下ろして、見守ってくれている感じがする」と塚原文奈代表取締役兼CEO(最高経営責任者)。光本会長が買ってきたもので「特に有名な作品でも高価な物でもない」が、08年の設立以来、5回の引っ越しを共にしてきた。
この鹿をはじめ、社員の休憩スペースには大きな羊や豚の置き物が、棚の上にはさりげなく牛の置き物が置かれるなど、動物たちが社内の雰囲気を和らげ、ユーモラスな空間を作るのに一役買っている。
2回目の引っ越しの時、お世話になっているデザイン会社から贈られたイラストレーター、カトーフレンドの作品も同社のお宝の一つだ。オリジナルで描いてもらった鹿の絵で、左耳の中には同社の社名であるBracketの文字が敷き詰められている。同社を訪れた他社のクリエイティブディレクターがこの絵を気に入り、カトーフレンドの作品がその会社のCMなどで使われたこともあるという。
オフィスに流れる「ちょっとおしゃれで、ちょっとユニークなイメージ」は、同社が運営するストアーズにも通じる。「これからも、普通に対して少し色がつくようなブランディングを守っていきたい」と塚原代表取締役兼CEO。「何か新しいことを始める時に、注目される存在であり続けたい」と意気込む。