従業員の幸せが企業の持続性になり、社会的価値にもなりうる。そのような考えがレディス企業でも広がっている。販売員を多く抱える小売企業は、この2年、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため店舗の休業や時短営業を余儀なくされ、同時に急速にデジタルシフトする一方、実店舗や販売員の役割を改めて考えるきっかけになった。そうしたことも追い風に、従業員が生き生きとでき、真に幸せである働き方への企業の姿勢が問われ始めている。
ブランドへの誇り
「従業員満足度の高い会社を作っていかなければ企業の持続性はないと実感した」と話すのはバロックジャパンリミテッドの村井博之社長だ。昨年10月ごろから3カ月ほどかけて久しぶりに日本各地の店舗を回り、販売員と現状の課題や考えをディスカッションした。その際、販売員の満足度の高さ、会社やブランドへの誇りを感じたという。
村井社長は以前から従業員に自身の幸福を追求してほしいと伝えてきた。「おのおのの目標に向けて本人のために頑張り、結果として会社にも成果物があればいい。自身が幸福であるために、今、バロックでこれをやっていることが幸せだという瞬間があることが大事」との考えを示す。
アダストリアは創業時から福田三千男代表取締役会長の「会社の成長は従業員とその家族の幸せのためにある」との考えのもと、業界でも早くES(従業員満足)の向上に着手してきた。最近では単一健康保険組合を設立したほか、新静岡セノバとの働き方改革プロジェクトにも力を注いでいる。いずれの取り組みも自社にととどまらず、「ファッション業界を魅力あるものにしていきたい」との福田代表取締役会長の思いがある。従業員に寄り添った労働環境の整備により、人手の流出を抑えることが理想だ。
多様な働き方
終身雇用は崩壊したといわれ、組織に属さずともキャリア形成できる選択も増えた。そうしたなか、企業が有望な人材を確保するためには、従業員それぞれの生活スタイルや価値観に合った働き方を自由に選べる制度の充実や、夢を描ける環境をいかに提供できるかが要になるかもしれない。未来を明るく想像し、目標達成に向けた目的意識を明確に持てることは、日々の活力にもなりうる。
エトレトウキョウのJUNNAクリエイティブディレクターは「仕事に自分の大事な時間の多くをささげる。それなら、自分が働いているところに誇りを持ち、豊かな生活をちゃんと送れる良い循環を作りたい」と考える。従業員全員と各自の夢を共有しながら、チャンスがあれば本人に提案する。1年ほど前から、店舗スタッフが週に1度、内勤を体験する機会も作り、キャリアを描くうえでのヒントにするとともに、結果として従業員同士の交流も増えることで互いの信頼や安心が生まれ、チーム力も高まっているようだ。
ストライプインターナショナルは従業員の声を大切にしている。モデルとの取り組みなどを行うKOL事業部の福田雅樹部長は、「それぞれが生き生き働ける環境作りはうちの組織のだいご味」としたうえで、同事業部で積極的に新規事業を行うことが従業員や、これから業界や同社を志願する人に夢を与えるきっかけになると考える。
現在、世界的にパーパス経営が注目されているが、一橋大学大学院国際企業戦略研究科の名和高司教授が主張する「志本主義」(パーパシズム)が興味深い。〝志〟の実現を目標に事業を進め、利益で結果を生み出し続け、資産を増やし循環させていくもの。志とは企業理念や未来へのビジョンを指し、「わくわく」「(自社)ならでは」「できる」の三つが大事という。企業に関わる人がわくわくし、自社ならではの事業や社会貢献を考え、実践「できる」ことが肝要とのことだ。
この間の経営者への取材で、環境・社会課題への責任を果たしながら、ステークホルダーの満足度も高め、利益を確保していく必要があると何人かから聞いた。ある経営者は「これからの時代は目に見えないもの、つまり未来への責任を目に見える形で示せない企業は淘汰(うた)される」と警鐘を鳴らす。従業員のモチベーションやビジョンばかりを主張すればきれいごとになるが、こうした複雑な時代において、従業員も主体的に自社の存在理由を考え、そのなかで自分ができることを行動に移していく姿勢が求められる。そうした風土を醸成するためにも、従業員が能力を発揮し、想像力を鍛えられるような職場環境の整備を考える必要がありそうだ。
関麻生衣=本社編集部レディス担当
(繊研新聞本紙22年3月28日付)