近所のスーパーは、入り口近くの壁面に「お客様の声」を貼りだしている。「○○をもう一度扱ってほしい」「野菜の鮮度が落ちた」など商品に関する要望がほとんどだが、なかには「空調が効きすぎて寒い」「店内用の買い物かごに残ったごみが不快」といった小さなクレームまでさまざま。これに一つひとつ、店側のコメントを入れているのが生真面目だ。
お客の声を聞くことは、商売の基本。松下幸之助、稲盛和夫ら名経営者と言われる人たちは皆、顧客第一主義を根幹に据えた。だが、スーパーで見かけるアンケートのように、それが表面化・形式化した事例もまま見受けられる。
「箱の家」で知られる建築家の難波和彦氏はインタビューで「施主に自由に設計の選択肢を与えても理想の家にはならない」と語っていた。単なる御用聞きではない、プロフェッショナルの役割の核心をつく言葉である。
イノベーションもお客の声を聞くだけでは生まれてこない。自動車王ヘンリー・フォードが語ったとされる「もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら『もっと速い馬が欲しい』と答えていただろう」は、それを端的に表している。例えばいま、当たり前に使っているスマートフォンはユーザー自身、考えもつかなかった商品だろう。お客の声に適切に向き合うために、自身の立ち位置こそが大事だ。